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2023年4月20日
ナノ細孔の特徴を解析する新技術を用いた受託サービス開始について
~分離膜の性能に関わる細孔径の新規測定技術により、サステナブルな社会の実現に向けた材料開発支援を~
【要旨】

株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:川村邦昭、以下、「TRC」)は、対象とする気体や液体を分離するための細孔構造を選択的かつ、ナノ(10億分の1)メートルからサブミリ(1万分の1)メートルまでの広範囲で測定する技術(水銀透過法)を開発しました。
サステナブルな社会の実現に不可欠な各種分離膜(半導体用フォトレジストろ過膜、水処理用ろ過膜、リチウムイオン電池用のセパレーター、水素や二酸化炭素ガス分離膜)の透過性能は膜の細孔構造に支配されます。特に、分離対象を選択的かつ、高効率で透過可能な高性能分離膜では、微細な孔構造を有する非常に薄い分離機能層と強度を得るための支持層からなる積層構造や非対称構造が採用されています。このような膜構造の高度化にともない、性能発現に関わる分離機能層の細孔構造を正確に測定するための技術が求められています。しかしながら、水銀圧入法のような従来技術では、膜全体の細孔構造しか測定出来ず、非常に薄い層の構造情報を得ることは困難でした。
これに対して、今回TRCが開発した水銀透過法では、膜の表面から裏面に水銀を透過させることで、水銀の透過経路の内、最も小さな細孔サイズを測定することができます。分離膜のような局所領域の微細構造が性能を左右する膜の評価に対して強力なツールとなります。TRC は、このような構造情報をご提供することで、サステナブルな社会の実現に対して、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。
今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進してまいります。


【背景】
半導体分野におけるフォトレジスト精製や水の浄化、医療分野における人工透析やウィルス除去等では、目的物質の選択的な透過(分離)が重要です。現在、分離対象である液体や気体を選択的に透過させる分離膜として、対象物質のサイズに合わせてナノ(10億分の1)メートル(以下、nm)からマイクロ(100万分の1)メートル(以下、μm)の細孔を内部に多く備えた多孔質膜が実用化されています。
分離膜の性能は、膜のもつ細孔の形状や直径などの細孔構造に左右されます。細孔の形状は、膜表面から裏面まで穴同士が互いにつながった「貫通孔」、表面の穴が裏面にはつながっていない「閉塞孔」、穴全体が膜の基質に囲まれており表面に露出していない「閉孔」に大別できますが、これらの内、「貫通孔」が膜の透過性能を支配します。さらに、細孔の直径は、透過させたい目的物質より大きく、除去したい不純物より小さくするなど、目的に合わせて精密に調整する必要があります。
また、膜を薄く(透過経路となる貫通孔を短く)することは高透過性発現に有効となる一方で、膜強度低下により破れやすくなるなどの問題が生じます。そのため、目的物質を選択的かつ、高効率で透過可能な膜では、可能な限り薄くした分離機能層と、強度を得るための支持層からなる積層構造や非対称構造が採用されています。このような高度な細孔構造を備えた膜では、性能発現に関わる分離機能層の貫通孔のみを選択的に調べる技術が必要となります。
材料の膜全体の細孔構造を調べる一般的な方法として、国際規格で規格化されている水銀圧入法*1や窒素ガス吸着法*2がありますが、これら従来法では、貫通孔、及び閉塞孔を区別なく捉えてしまいます。加えて、薄い表層の細孔構造が性能を左右する膜では、調べたい表層の構造情報が内部の構造情報に埋もれてしまって抽出できない場合もあります。そこで、分離機能層のみの細孔構造を狙って測定するための分析技術(水銀透過法)を開発し、受託サービスを開始しました。


【今回の成果の重要性】
 今回、TRCが開発した水銀透過法は、膜の表面から裏面に向かった貫通孔のサイズと水銀透過による表面側水銀量の減少を検出することで、膜全体の細孔構造を測定する従来技術では分からないような局所的な微細構造を捉えることが可能となりました。以下にその具体的な例を紹介します。

 図1の概略図に示すような多孔質膜2種(膜A、膜B)を用意しました。膜Aは、大部分で膜Bと同様な構造ですが、表層領域に比較的小さな細孔を備えた非対称構造です。この表層領域により、膜Aは膜Bより小さな不純物を除去することが可能です。
図2に水銀圧入法(従来技術)による多孔質膜2種の細孔量と細孔直径の関係を示します。両者はほぼ同等であり、設計通りのサイズの不純物を除去できるか、このグラフからは判断できません。膜A全体の細孔量に対して表層領域の細孔量が極めて少ないため、膜全体の細孔構造を捉える水銀圧入法では、不純物除去性能に関わる小さな細孔構造を明瞭に測定できなかったと考えられます。
今回、開発した水銀透過法では、細孔が分布する表層側から裏面に水銀を透過させることで、水銀の透過経路の内、選択的透過性を決定する最も小さな細孔サイズを測定することができます。図3上段に、多孔質膜2種を測定した結果を示し、下段に上段図中の星マークに対応した実験系の概略図を示します。水銀透過前の実験系(図3下段左側)には、膜の裏面側に十分な空間が存在するため、水銀が細孔を透過できる圧力に到達したときに、表面側の水銀量は劇的に減少し、水銀は膜を透過します(図3下段右側)。この劇的に減少を生じさせる貫通孔サイズは、膜Bより膜Aで小さい値となりました。得られた貫通孔サイズから、膜Aで直径1.3 μm以上の不純物、膜Bで直径2.5 μm以上の不純物の侵入を抑制する構造であることが推察できます。
このように、水銀透過法では、膜性能に関わる細孔を数nmから数百μmの広範囲で測定することができます。膜全体の細孔構造を測定可能な水銀圧入法(従来技術)と膜性能に関わる細孔を選択的に測定可能な水銀透過法を相補的に活用することで、膜構造をより詳細に把握することが可能です。


【今後の展望】
今回、開発した水銀透過法によって、従来よりも選択的かつ、ナノメートルからサブミリメートルまでの広範囲で膜性能に関わる貫通孔サイズを測定できるようになりました。サステナブルな社会の実現に不可欠な各種分離膜(半導体用フォトレジストろ過膜、水処理用ろ過膜、リチウムイオン電池用のセパレーター、水素や二酸化炭素ガス分離膜)の透過性能は膜の細孔構造に支配されます。このような構造情報の把握に必要なソリューションをご提供することで、TRC は、サステナブルな社会の実現に対して、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進してまいります。


【本サービスのお問い合わせ先】

  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願い致します。

(株)東レリサーチセンター
   分析ご相談窓口
E-mail:bunseki.trc.mb@trc.toray

   材料物性研究部 担当:細見、吉本
TEL: 077-510-9105
E-mail:hiroyuki.hosomi.u8@trc.toray
shigeru.yoshimoto.y5@trc.toray

 
 
注釈一覧
用語意味
水銀圧入法*1水銀は多くの材料に濡れにくい性質があります。この性質により、サイズの小さい細孔ほど、水銀の侵入に必要な圧力は上昇します。水銀圧入法は、細孔入口付近の水銀に圧力をかけ、細孔への侵入圧力から細孔サイズ、侵入量から細孔量を求める測定法です。水銀圧入法では、貫通孔、及び閉塞孔を数nmから数百μmまでの5桁にわたる範囲で測定することが可能です。
ISO 15901-1:2005,Pore size distribution and porosity of solid materials by mercury porosimetry and gas adsorption-Part 1: Mercury porosimetry
 
窒素ガス吸着法*21気圧の窒素は77 K(-196℃)で液化します。77Kに冷やされたナノスケールの細孔では、1気圧より低い圧力で窒素は液化し、細孔サイズが小さいほど液化に必要な圧力は低下します。この現象を利用した窒素ガス吸着法では、ナノスケールの貫通孔、及び閉塞孔を測定できます。
ISO 15901-2:2006,Pore size distribution and porosity of solid materials by mercury porosimetry and gas adsorption-Part 2: Analysis of mesopores and macropores by gas adsorption
ISO 15901-3:2007,Pore size distribution and porosity of solid materials by mercury porosimetry and gas adsorption-Part 3: Analysis of micropores by gas adsorption

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図1 多孔質膜2種の断面概略図。図中にサイズの異なる物質も示し、青、緑、赤丸の順に物質のサイズは拡大。多孔質膜の内部と周辺の物質の動きを矢印で例示

左側:膜Aでは、表層の緻密な細孔と大部分の粗大な細孔から構成され、青丸で示した物質のみが膜内部に侵入し、緑、赤丸で示した物質は侵入できない様子
右側:膜Bでは、粗大な細孔のみで構成され、青丸で示した物質に加えて、緑丸で示した物質も膜内部に侵入し、赤丸で示した物質のみが侵入できない様子
 

2

図2 水銀圧入法(従来技術) による多孔質膜2種の細孔量と細孔直径の関係

3

図3

   上段:水銀透過法による多孔質膜2種の表面から裏面に向かった貫通孔径に関するデータ
      水銀透過により表面側の水銀量を急激に減少させた貫通孔直径を図中に記載
      (横軸の貫通孔直径は、水銀への圧力から換算したもの)
   下段:上段図中の星マークに対応した実験系の概略図。
      左側(黄の星)は水銀透過前の実験系内の様子。多孔質膜の細孔量に対して、表面側に十分な量の水銀、裏面側に十分な空間が存在
      右側(緑の星)は水銀透過後の実験系内の様子。水銀が裏面側の空間および膜の細孔に侵入することで、表面側の水銀が減少