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2023年8月8日
レオオプティクス(動的複屈折法)による新規受託サービスの開始について
~応力、複屈折の高度解析技術で脱炭素社会の材料開発をサポート~
【要旨】

当社(株式会社東レリサーチセンター、以下、「TRC」)は、大阪大学 井上正志教授ご指導のもと、粘弾性(*1)と複屈折(*2)の同時測定が可能な固体動的粘弾性―複屈折同時測定装置(以下、「動的複屈折装置」)を当社の先端分析プラットフォーム(以下、「TAAP:Toray Advanced Analytical Platform (https://www.toray-research.co.jp/taap/)」)へ導入し、受託分析サービスを国内外の受託分析会社として初めて開始します。
本装置により、材料の弾性率、ひずみ光学定数、およびそれらの比である光弾性定数が幅広い温度において測定可能となります。脱炭素社会実現に向けて、自動車分野においては高い透明性を持つバイオプラスチックの積極的な採用、電気自動車における社内ディスプレイ大型化に伴う新規光学フィルムの開発が盛んに行われています。このような新しい高機能樹脂の開発や、材料の応力(歪み)発生の起源解明など、幅広い分野において本手法は強力なツールとなると見込まれます。
今回導入の装置を起点として、分光法、散乱法など、複屈折以外の光学量を用いたレオオプティクスの開発も継続して発展させていきます。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念に基づき、当社の技術水準を高めていくことはもちろん、TAAPを活用し社外機関との連携を加速することで、これまでにない最先端分析・解析技術の開発に取り組み、お客様の材料開発や課題解決を支援いたします。

【背景】
材料の弾性率、およびその温度依存性、変形量依存性、変形速度依存性を測定する装置として動的粘弾性測定装置(*3)が幅広く用いられています。また、物性値測定に留まらず、温度、変形量、変形速度依存性は材料の粘弾性を反映していることから、弾性率と分子運動の関係を調べる手法としてもレオメーターは有効な装置であり、例えば、ガラス転移温度の測定にも用いられます。また、複屈折も重要な物性値であり、内部構造の配向に関する情報が得られるとともに、光学用途においては複屈折そのものの抑制が求められます。
材料の粘弾性は、マクロな機械特性だけでなく、ミクロな内部構造の変化との関係を表していると考えられますが、応力(*4)や弾性率の測定のみから分子レベルの変化を知ることは容易ではありません。このため、弾性率などの機械特性と複屈折などの光学量を同時計測するレオオプティクスという分野が生まれました。特に複屈折は応力との関係が強く、ゴム材料などでは、応力と複屈折との間に一定の関係があることが応力光学則として知られています。しかし、応力と複屈折の同時測定が可能な動的複屈折装置は測定時の操作の煩雑さやデータ解釈の難しさなどを理由として、一部機関での自作に留まっていました。このたび、TRCでは、本手法を様々な材料開発にご活用いただくため、本分野における第一人者である大阪大学・井上正志教授のご指導の下で動的複屈折装置を導入し、受託分析サービスを開始します。

【今回の成果の重要性】
 図1に導入した動的複屈折装置の模式図を示します。この装置は、固体試料に微小振動を与えて、そのときの力や変形量を測定する引張振動型の動的粘弾性測定装置と、試料に光を当てて、そのときの光の強さを測定する光学系を組み合わせたものです。これによって、粘弾性と複屈折の同時計測が可能となります。試料の耐熱性等に依存して測定可能な温度範囲は決まりますが、レオメーターのスペック上はマイナス150~400 ℃であり、また周波数範囲は1~1000 Hzとなります。この装置で、応力とひずみの比である弾性率、複屈折とひずみの比である歪み光学定数を測定可能です。
 図2にプラスチックガラスとして用いられるスチレン系ポリマーの測定例を示します。この材料は、高温ではゴムのように軟らかくなりますが、温度が低いとガラスのように固まってしまいます。このように、温度によって弾性率が数桁も変わる温度をガラス転移温度といいます。ここでは、ガラス転移温度前後で温度を変えて、弾性率とひずみ光学定数の温度依存性を調べました。弾性率は一般の非晶性高分子によくみられる挙動を示しています。すなわち、低温側ではガラス状態であることから109 Paオーダーという比較的高い値を示し、ガラス転移温度以上の高温側ではゴム状態にあることから106 Paオーダーとなることが分かります。一方、歪み光学定数はガラス転移温度前後でより顕著な変化を示します。すなわち、低温側では正の値を示します。これは、ガラス状態では分子全体にわたる運動が凍結されているとはいえ側鎖は運動可能であり、延伸軸方向にスチレン内のベンゼン環が配向して引張方向の屈折率が高くなった結果、正の値を示したと推察されます。一方、高温側では、歪み光学定数は負になります。これは、ゴム状態では分子全体での運動が可能なために、分子全体が引張方向に配向しますが、ベンゼン環は引張方向に対して垂直に配向するために、引張方向の屈折率が小さくなり、負の値を示したと推察されます。
 
このように、今回導入した装置では、応力や弾性率の変化からだけでは理解が困難な分子レベルでの変化についても複屈折を同時測定することで知見を得ることが出来ます。なお、井上教授が提案されている、応力と複屈折を組み合わせた解析である修正応力光学則(*5)による解析も本手法により可能となります。

図1 動的複屈折装置の概略

図1 動的複屈折装置の概略

図2 スチレン系ポリマーの測定例(一定周波数下)

図2 スチレン系ポリマーの測定例(一定周波数下)

【今後の展望】
動的複屈折法の受託分析会社への世界初の導入により、これまで以上に様々な材料への本手法の適用が期待されます。これにより、自動車・ディスプレイ分野等における高い光透過性材料の開発、材料の応力(歪み)発生の起源解明など、脱炭素社会実現に向けた材料開発支援の面からTRCは貢献してまいります。
今回導入の装置を起点として、分光法、散乱法など、複屈折以外の光学量を用いたレオオプティクスの開発も継続して発展させていきます。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念に基づき、当社の技術水準を高めていくことはもちろん、TAAPを活用して社外機関との連携を加速することで、これまでにない最先端分析・解析技術の開発に取り組み、お客様の材料開発や課題解決を支援いたします。


(*1)粘弾性:
 物質が伸びたり縮んだり、流れたりした際に、固体のように元に戻ろうとする性質(弾性)と、液体のように変形になじもうとする性質(粘性)の両方を持つ性質のこと。例えば、ゴムやプラスチックのような高分子材料は、粘弾性が強く現れる。ゴムを引っ張ると伸びるが、離すとゆっくりと元の形に戻る。これは、ゴムの中の分子が引っ張られた方向に並んで変形する(粘性)と、元の形に戻ろうとする(弾性)からである。粘弾性は、物質の変形にかかる時間や温度などによって変化する。

(*2)複屈折:
光が物質に入るときに二つに分かれて角度が変わる現象。複屈折は材料に歪み(または応力)がかかっていることを示す指標となる。

(*3)動的粘弾性測定装置:
動的粘弾性測定装置は、試料の粘弾性を温度や時間の関数として測定する。また、時間が経つと、物質の形が変わったり元に戻る現象を緩和現象と呼ぶが、動的粘弾性測定装置では、緩和現象を観察することで、物質の内部構造や分子運動の特徴を調べることも可能である。なお、同装置は、大別すると、レオメーターと呼ばれる液体を測定するためのねじれ振動型、固体を測定する引張振動型の2種類がある。試料に与える力や歪みの方向や大きさが異なるが、適した変形方法等の条件を選択することで、試料の特性に合わせた最適な測定条件を設定することができる。また、これらの装置は、高分子材料やセラミックス、金属、ガラスなど様々な材料の研究・技術開発や品質管理に役立つ装置である 。材料の力学的な性質や分子構造を知ることで、材料の特徴や用途を理解したり改良したりすることが可能となる。

(*4)応力:
物体が変形しようとするのに抵抗する、単位面積当たりの力。弾性率は、物体が塑性変形しない範囲の微小変形(弾性変形)下における、応力と歪み(物体が変形した割合で無次元量)の間の比例定数。

(*5)修正応力光学則:
 大阪大学・井上正志教授らによって考えられた、高分子系の複屈折と応力の関係を表すもので、ガラス状態では応力と複屈折が二つの成分の和で表されるという法則。高分子系の複屈折と応力は、高分子鎖が変形によって配向することによって発生する現象であり、配向すると、高分子鎖の分極率の異方性が複屈折を生じさせ、また高分子鎖の弾性的な復元力が応力を生じさせる。一般に、配向度が高いほど複屈折と応力も大きくなるが、ガラス状態では、配向度だけでなく、構成単位の回転などの局所的な運動も複屈折と応力に影響する。そのため、応力と複屈折の比例関係は成立しない。修正応力光学則は、このような場合に応力と複屈折の関係を表す法則である。

参考文献の一例:井上正志, 尾崎邦宏. 系統的に分子構造を変化させたポリカーボネート類の粘弾性と複屈折. 日本材料学会誌, 52(3), 314-319 (2003).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms1963/52/3/52_3_314/_pdf

【本サービスのお問い合わせ先】

本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

(株)東レリサーチセンター
分析ご相談窓口
E-mail:bunseki.trc.mb[a]trc.toray

材料物性研究部 担当:長谷川博一
TEL:077-510-9104
E-mail:hirokazu.hasegawa.u5[a]trc.toray

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