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2021年9月8日
NanoSIMSイメージングによるコロナウイルスの標的タンパク質「ACE2」の可視化について
【要旨】

株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:川村邦昭)は、当社独自に開発した二次イオン質量分析用の標識体と、高空間分解能での質量イメージングが可能な国内初導入のNanoSIMS 50Lを組み合わせることで、コロナウイルスの標的タンパク質「ACE2」の細胞レベルでの可視化に成功いたしました。

【背景】
2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、その後世界中に蔓延し、ワクチン接種が進む現在においても、感染の拡大を食い止められない状況にあります。その原因ウイルスであるSARS-CoV-2が、細胞に感染する際に標的として利用しているのが、アンジオテンシン変換酵素II(ACE2)です。ACE2の発現分布は、ACE2に対する抗体を利用する免疫染色法により、知ることができます。しかしながら、従来の方法では、組織中に残る残血の影響やイメージングの分解能が問題となり、細胞レベルでの発現分布を明らかにすることは容易ではありませんでした。
質量イメージングに利用されるSIMSは、固体表面へのイオンビーム(一次イオン)照射時に、スパッタリングにより表面から放出されるイオン(二次イオン)を検出することで、固体試料中に含まれる元素を直接検出する分析手法です。特に当社で保有するNanoSIMS 50Lは、プローブ径約50 nmのイオンビームと、透過率の高い質量分析系との併用により、質量イメージングとしては最高の空間分解能(<50 nm)で、最大7元素の同時分析が可能です。当社では、このNanoSIMS 50Lの性能を最大限引き出すため、イオンビームで効率的に二次イオンを放出する様々な標識体の合成にも取り組んできました。


【今回の成果】
この度、当社では、ACE2の肺組織における局在部位を、細胞レベルで明らかにすることに成功しました。当社独自に開発した標識体修飾抗体を活用し、NanoSIMS 50Lの性能を最大限引き出すことによって、ACE2の高空間分解能での可視化を実現しました。

以下に、具体的な分析結果を示します。

図1にラット肺組織におけるACE2の分布像を示します。左図に示した蛍光顕微鏡写真は、肺組織を免疫染色法で観察したものです。気管支内腔に相当する空間と肺組織を明確に区別することができますが、残血が発する非特異的な蛍光と標識体の蛍光の区別が難しく、また蛍光顕微鏡では分解能に限界があることから、左図のみでは、ACE2の分布を明らかにすることはできません。
一方、右図は、左図に四角で示した領域をNanoSIMSで測定し、標識体修飾抗体由来の二次イオンを可視化したものです。白色シグナルで示されたACE2は、気管支上皮細胞の内腔面側の細胞膜に多く分布していることが分かります。気管支内腔は、ウイルスを含んだ呼気が通過する空間であり、気管支上皮細胞の内腔面は、肺に吸い込まれたウイルスが最初に付着する場所であることから、ACE2を標的として利用することで、ウイルスが容易に細胞感染できることを、本データは示しています。
この分析例のように、当社で開発した標識体とNanoSIMSを併用する新規手法は、残血や他の成分の影響を受けず、高空間分解能で生体中の目的分子を可視化できるのが最大の特徴です。
 
 

図1

図1 ラット肺組織のACE2分布像 (左)蛍光顕微鏡による広域像、(右)NanoSIMSによる左図測定領域の高分解能像

 
【今後の展望】
この成果から、NanoSIMSと標識体をうまく組み合わせることで、本手法のライフサイエンス分野での活用の可能性が大きく広がることが明らかになりました。当社では現在、動物に投与した医薬品の組織分布のみならず、タンパク質や核酸などが細胞内のどの小器官に移行するかを明らかにする、いわゆる細胞内局所イメージングを確立すべく、測定系の構築を進めています。この手法は、病状の発症原因究明や薬効発現の科学的根拠の獲得に威力を発揮するばかりでなく、例えば核酸医薬品の核移行や抗体医薬品のリサイクリング評価が可能になることから、創薬研究・技術開発の確実性を高め、開発期間の短縮に貢献できると考えています。最新の分析技術を一刻も早く医薬品開発の現場に届けることができるよう、今後も技術開発を進めてまいります。

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(株)東レリサーチセンター
   分析ご相談窓口
   E-mail:bunseki.trc.mb@trc.toray

   技術開発企画部LI分析推進室 担当:鬼塚
   TEL:077-533-8742

   表面科学研究部表面科学第1研究室 担当:松田
   TEL:077-533-8613