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2021年7月21日
走査型透過電子顕微鏡法を応用した有機分子の構造変化に対する原子レベル観察について
【発表のポイント】
  • 有機分子とその昇温反応を透過型電子顕微鏡で直接観察することに成功
  • TEMではなく、より元素識別能力が高いADF-STEMを用いた
  • 1300度まで昇温し、生成したカーボンの構造の変化を捉えた

【発表概要】
 当社は、加熱に伴う有機分子の変化を原子レベルで直接観察可能な手法を開発しました。

透過型電子顕微鏡法(TEM)や走査型透過電子顕微鏡法(STEM)※1の空間分解能は原子同士を識別可能なレベルに達しており、単分子であっても原子レベルで直接観察することが可能です。先行研究において、単層カーボンナノチューブ(CNT)※2を容器として有機分子を内包し、その構造をTEMで捉えた例が報告されています。これまで軽元素を観察対象とした場合にはTEMや環状明視野(ABF)-STEM※3が用いられ、重元素を観察対象とした場合には環状暗視野(ADF)-STEM※4が用いられてきました。しかし、CNTに内包した状態で、軽元素と重元素の両方で構成された有機分子の構造を、STEMを用いて原子レベルの空間分解能で直接観察した報告例はありません。当社では、ADF-STEM測定と画像処理の条件を最適化することで、CNTに内包された有機分子の構造変化に関して、軽元素および重元素の両方を同時に原子レベルで観察することに初めて成功しました。さらに、昇温変化を同時観察する『in-situ 昇温STEM』と組み合わせることで、加熱に伴う構造変化の観察にも成功しました。有機分子を構成するカーボンには様々な状態の構造が存在しており、それらを識別することは難しいことが知られています。本手法により各々の状態のカーボンの原子レベル観察が可能になりました。

【CNT内包有機分子の加熱に伴う構造変化の観察例】
 有機分子として用いたヘキサブロモトリフェニレン(HBTP)の分子構造(模式図)を図1(a)に、各温度におけるCNTに内包されたHBTPのADF-STEM像を図1(b)-(d)に示します。ADF-STEM像は、左から(b)200℃、(c)700℃および(d)1300℃処理のin-situ観察結果になります。200℃では、Br原子の存在を示唆する数十程度の白い輝点が捉えられ、分子がCNTに内包していることがわかります。これらの3つのSTEM像を比較すると700℃と1300℃では200℃よりも反応が進んでいるものの原子の並び方が異なっていることがわかります(図1(c)および(d)内の水色点)。1300℃ではCNTと同様の六員環の構造(結晶)ですが、700℃では構造が乱れていると推察されます。このように、in-situ 昇温STEMを用いた原子レベル観察では、今まで観察不可能であった分子構造の新規知見や構造変化がわかります。

図1

HBTP分子構造(a)および各温度におけるCNT内包HBTPの ADF-STEM像、(b)200℃、(c) 700℃、(d) 1300℃


【用語説明】
※1) 透過電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy、TEM)や走査型透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission electron microscopy、STEM):
薄片化した試料に電子線を照射し、透過した電子線を結像させる装置または手法。TEMでは、平行に近い電子線を試料上に照射し、透過した電子(投影像)を下方の電磁レンズで拡大して像を形成する。主に形状、結晶性に起因した像を観察できるのが特徴である。一方、STEMは、絞った電子線プローブを試料上で走査し、各点における透過電子を検出し像を形成する。近年では、この電子線プローブを0.1 nm以下にまで絞ることも可能であり、原子の直接観察も可能である。 

※2) カーボンナノチューブ(Carbon nanotube、CNT):
炭素原子によるネットワーク状六員環構造(グラフェンシート)が、単層あるいは多層のチューブ状に形成された物質のこと。

※3) ABF-STEM (Annular Bright Field, Scanning Transmission Electron Microscopy):
環状明視野走査透過型顕微鏡法。細く絞られた電子線を試料上で走査し、透過散乱電子を円環状の検出器で検出することで像を得る。軽元素を含む全ての元素を可視化でき、ADF-STEM像と比較することで、軽元素の原子位置を特定することが可能である。

※4) ADF-STEM(Annular Dark Field, Scanning Transmission Electron Microscopy):
環状暗視野走査透過型顕微鏡法。細く絞られた電子線を試料上で走査し、高角度に散乱した透過電子を選択的に円環状の検出器で検出することで像を得る。それにより、原子番号の約1.7乗に比例したコントラストが得られる特徴を有するため、重元素の観察に優位性がある。


【サービスの特徴やメリット】
新しく提供するサービスの特徴やメリットを下記に示します。

・ CNTを容器として用いてin-situ 昇温STEM法を適用することで、有機分子およびそれらの反応物の構造変化が原子レベルで観察可能です。

・ 高い空間分解能での撮像により、たとえ乱れた構造でも原子の配列を直接観察することができます。カーボンの様々な物理的特性は、その局所的な構造に起因すると考えられ、それら多様な状態のカーボンの構造を特定できることが期待されます。


【本サービスのお問い合わせ先】
本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願い致します。

形態科学研究部形態科学第2研究室 担当:久留島康輔
TEL:077-533-8619
E-mail:kosuke.kurushima.f6[a]trc.toray *

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