close

2024年2月16日
先端走査透過型電子顕微鏡によりMn3O4の原子分解能二次元価数マッピングに成功
~高機能性物質の新規開発や劣化機構解明など研究開発支援へ~
【要旨】

 当社(以下、「TRC」)は、最先端の走査透過型電子顕微鏡(STEM)※1装置であるGRAND ARM2(日本電子製)を用いて、磁性材料の原料に用いられ、次世代リチウムイオン電池(LIB)の正極材としても注目されているMn3O4粉体の原子レベルの分解能(原子分解能)での二次元価数マッピングに、受託分析会社として日本で初めて成功しました。当該装置を用いた分析・解析により、物質を構成する原子の配列を直接観察し、物質中の電子状態を分析することができます。
 同じ元素でも価数が異なると性質が異なることがあります。例えば、LIBの正極活物質であるLiNiO2のNiは、放電状態ではNi3+イオン、充電状態ではNi4+イオンの状態にあることが知られています。長期間電池を使用し続けると、電池の劣化に伴い活物質内に3価と4価のNiイオンが混在することになりますが、このような状態を詳細に調べることで、長期間使用時の電池容量低下の抑制や安全性向上に貢献することが期待されます。また、排気ガス浄化用として、ガソリン・エンジン車のほとんどに搭載されている三元触媒として使用されるセリア・ジルコニア助触媒のように、物質内で異なる価数成分を制御することで高い触媒機能を発現することもあり 、今回の分析技術を適用することで、高機能性物質の新規開発に貢献できることが期待されます。
 今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発・課題解決に役立てるように、最先端分析技術の開発に邁進してまいります。
 
【背景】
 STEMは、1 nmまで収束した非常に細い電子ビーム(電子線)を、薄片化した試料に照射し、透過した電子線を捉えて試料の内部構造を “見える化(可視化)” する装置です。空間分解能は電子線の径に依存しますが、最近では原子一つ一つを見分けることができます。また、STEMは、放射光施設などの大型実験施設を使用しない実験室系でも原子レベルで局所構造観察が可能な唯一の手法として、これまで半導体や電池などの幅広い分野の研究・開発に貢献してきました。例えば、LIBの研究において、STEMは電池の劣化の原因を探るのに役立っています。STEMを使うと、電池の活物質の表面と内部で何が起きているのかを原子レベルで見ることができるので、電池が劣化する原因を理解する手助けになります。STEMに電子エネルギー損失分光法(EELS※2)を組み合わせることによって、元素の種類や状態をも原子分解能で区別することができますが、試料からの信号が弱くノイズが多いため、正確な情報を得ることが難しいとされてきました。また、LIBの構成材料のように、電子線照射によってダメージを受けやすい試料では、さらに分析が難しくなります。
 これに対してTRCでは、高い安定性と空間分解能を有するSTEM(GRAND ARM2)と、物質を構成する元素を高感度かつ短時間で調べることが可能な最新EELS検出器を駆使し、スピネル型構造※3のMn3O4のMn価数を識別する二次元価数マッピングの取得に成功しました。Mn3O4は、室温で Mn2+イオンと Mn3+イオンの両方を含む混合原子価化合物であるため、原子分解能で二次元価数マッピングを評価することに適しています。
 
【本技術の重要性】
 図1(a)は、GRAMD ARM2で取得したMn3O4のADF-STEM※4像です。Mn3O4は Mn2+と Mn3+という二種類のイオンを含んでいますが、同装置により、それぞれのイオンの位置を二次元でマッピングすることができました。
 図1(b)はMn3O4の結晶構造モデルを図1(a)に重ねた図ですが、Mnの原子位置が明瞭に観察されていることがわかります。3価のMnは緑、2価のMnは赤色の丸で表されます。
混合原子価を持つMn3O4は価数マッピングに適しており、図1(c)、(d)で価数のみを反映したマップを示します(図1(e)は(c)、(d)の重ね合わせ)。
さらに、酸素(O)原子の情報も同時に取得できるので(図1(f))、Mnのイオンの分布(図1(f))と酸素の分布(図1(e))を合わせて見ることで、図1(b)のモデルのような原子の配置を特定することができます。
 当装置を用いることで、高精度な原子レベルの二次元価数マッピングが可能になり、LIB分野など多くの有用な材料の分析に応用できます。
 

図1.  Mn3O4 の(a) ADF-STEM像、(b) (a)にMn3O4 の結晶構造モデルを重ねた像、(c),(d)Mn3+イオンおよびMn2+イオンの価数マッピング結果、(e) (c)および(d)の重ね合せ像、(f)酸素イオンのEELS強度マッピング結果

図1.  Mn3O4 の(a) ADF-STEM像、(b) (a)にMn3O4 の結晶構造モデルを重ねた像、(c),(d)Mn3+イオンおよびMn2+イオンの価数マッピング結果、(e) (c)および(d)の重ね合せ像、(f)酸素イオンのEELS強度マッピング結果
 
【今後の展開】
 TRCが保有するSTEM(GRAND ARM2)は世界最高レベルの空間分解能を持ち、従来を超える検出効率(当社比)を実現しています。この電子顕微鏡により、上記の事例に示すような画期的な二次元価数マッピングが可能となり、より精密な分析結果をご提供することができます。当社がこれまで培ってきた高度な前処理技術や分析ノウハウと組み合わせ、ナノテクノロジー・材料分野における局所観察・解析ニーズに応え、お客様の製品開発、課題解決に貢献して参ります。
 
【用語説明】
※1)透過電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy、TEM)、走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission electron microscopy、STEM):
薄片化した試料に電子線を照射し、透過した電子線を結像させる装置または手法。TEMでは、平行に近い電子線を試料全面に照射し、透過した電子(投影像)を下方の電磁レンズで拡大して像を形成する。主に形状、結晶性に起因した像を観察できるのが特長である。一方、STEMは、細く絞られた電子線を試料上で走査し、各点における透過電子を検出し像を形成する。近年では、この電子線プローブを原子レベル(0.1 nmφ以下)まで電子線を細く絞ることが可能であり、原子列一つ一つを直視した観察や分析が可能である。拡大像に限らず、電子回折図形を使った結晶構造解析や分光機器と組み合わせた元素分析なども可能である。 

※2)EELS(Electron Energy Loss Spectroscopy[電子エネルギー損失分光法]):
 電子が試料内部を透過する際に失ったエネルギーを計測し、物質中の元素や電子状態を分析する電子顕微鏡手法の一つ。また、EDSでは難しいボロンやリチウムのような軽元素の検出にも特長がある。

※3)スピネル型構造:
複合金属酸化物の結晶構造の一つで、AB2O4の組成式で表される化合物に見られる結晶構造。正スピネル型と逆スピネル型の2種類がある。正スピネル型では、四面体の空隙をA2+イオンが占有し、八面体の空隙をB3+イオンが占有する。

※4)ADF-STEM(Annular Dark Field, Scanning Transmission Electron Microscopy):
環状暗視野走査透過型顕微鏡法。細く絞られた電子線を試料上で走査し、円環状の検出器で検出することで像を得る。大きな原子番号の元素ほど高輝度のコントラストが得られる特長を有するため、原子番号が大きい重元素の観察に優位性がある。

 
本サービスのお問い合わせ先】
  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

 形態科学研究部形態科学第2研究室 担当:久留島康輔
 TEL: 077-510-9111
 E-mail:kosuke.kurushima.f6[a]trc.toray
 *: [a]は@に置き換えてください。