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2023年7月31日
樹脂の成分比率を短時間で高精度に決定する新技術を開発
~マテリアルリサイクルを支える環境に優しい高精度分析技術~
【要旨】

当社(株式会社東レリサーチセンター、以下、「TRC」)は、樹脂中のポリエチレン(PE)/ポリプロピレン(PP)の成分比率を高速カロリメトリー(Fast Scanning Calorimetry、以下、「FSC(※1)」)を用いた短時間で高精度に決定する分析技術を開発し、受託サービスを開始しました。
PEやPP、さらにそれらのブレンド樹脂は多くの産業資材や民生品に使われています。製品内でPEとPPが仕込み組成通りに均一に混ざっていることの確認、マテリアルリサイクルにおけるリサイクル原料を用いた再生品の成形加工性、品質安定性を確保するために、樹脂中のPE/PPの成分比率を正確に把握する必要があります。本技術により、成分比率の不明な樹脂を1時間程度の簡単な分析操作かつ1%の高い精度で調べることが可能になり、原料の受入検査や製品検査にかかる手間を大幅に短縮することが期待されます。
TRCは、このような組成情報をご提供することで、カーボンニュートラル社会の実現に対して、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの分析技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、先端分析技術の開発に邁進して参ります。

【背景】
PEおよびPPは世界で最も多く使用されている樹脂です(2019年は世界の樹脂の総使用量の約40%にあたる1.8億トンが使用;OECD資料(後述)を参照)。それらの用途は産業および民生用の繊維、フィルム、成形体など多岐に亘りますが、例えば自動車部材に使われる成形体では強度や耐久性などを調整するためにPEとPPが混合された樹脂も使用されています。これらの樹脂を繰り返し利用するためのマテリアルリサイクルでは、工場から排出された工程屑や市場品を回収し、再ペレット化したものがリサイクル原料として利用されます。ただし、製品内でPEとPPが仕込み組成通りに均一に混ざっていることの確認、リサイクル原料を用いた再生品の成形加工性、品質安定性を確保するために、樹脂中のPE/PPの成分比率を正確に把握する必要があります。

樹脂中のPE/PPの成分比率を決定する手法としては、核磁気共鳴(NMR)法(※2)が一般的に用いられます。NMR法では高精度で比率決定が可能という長所がありますが、高温の有機溶剤を用いた前処理が必要となること、さらに、結果が得られるまでに6時間程度を要し、数多くの試料を分析できないなどの短所があるため、簡便で高精度かつ環境に優しい代替手法の開発が期待されていました。

この課題に対して、TRCはFSCを活用した解決法を考案しました。TRCは毎秒数千℃の超高速で試料を加熱・冷却できる熱量計(高速カロリメーター)を産業界に先駆けて導入し、10年以上に亘って分析技術開発を続けて参りました。このたび、長年培った高分子の構造解析技術を発展させて、PE/PPブレンド樹脂中の各樹脂の成分比率を簡便で高精度に決定し、かつ環境に優しい新規解析法を開発しました。
通常、PE/PPブレンド樹脂中では、PEとPPがそれぞれ結晶と非晶質の構造を形成しています(※3)。従来の熱分析(※4)では、このような複雑な構造に由来する複数の信号が重なって検出され、成分毎の信号に分けて解析することが出来ませんでした。この度、高速カロリメーター内で、一旦融点以上に昇温して融解させた試料を、測定前に急冷することで、PPを選択的に非晶質化すればPPの非晶質に由来する明瞭な信号を検出できることを見出し、本技術を開発するに至りました。本技術は既存のNMR法と同等の精度を有しながら、環境への負荷が大きい有機溶剤を用いずに、かつ煩雑な操作を必要としない、簡便で環境に優しい分析技術であり、PEとPPの含有率が未知のリサイクル原料への適用が期待されます(特許出願済)。

【技術解説】
PEとPPがブレンドされた樹脂を溶融温度から室温まで冷却させると、試料中のPEおよびPPの結晶化度(樹脂中に含まれる結晶の割合)がそれぞれ変化します。このとき、高速カロリメーターを用いて、溶融状態である融点以上の温度から室温まで急速に冷却すると、PEよりも結晶化が遅いPPは完全に非晶質(結晶化度がゼロ)になり、PEは結晶と非晶質が混在した状態になります。このように調製した試料に対して昇温FSC測定を実施し、PPの非晶質が示す信号を解析することにより、試料中のPPの質量を計算し、試料全体の質量とPPの質量の差からPEの質量を見積もる方法を見出しました(下図:前処理と測定の例。なお、本技術により算出されるPP/PEの成分比率は、NMR法の結果と一致することを確認しています)。

高速カロリメーター内で測定前急冷 高速カロリメトリー測定

高速カロリメーター内で測定前急冷 高速カロリメトリー測定

【今後の展開】
今回開発したFSCを用いた新規分析技術により、有機溶剤を用いず、かつ簡便に各種ブレンド樹脂の構成成分の含有率が求まることから、リサイクル原料の受入検査や製品検査にかかる手間を大幅に短縮にすることが期待されます。

このような組成情報をご提供することにより、TRCは、カーボンニュートラル社会の実現に対して、材料開発支援面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの分析技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、先端分析技術の開発に邁進して参ります。

【参考】
OECD資料(Figure 3.4)
https://www.oecd-ilibrary.org/sites/aa1edf33-en/1/3/2/2/index.html?itemId=/content/publication/aa1edf33-en&_csp_=ca738cf5d4f327be3b6fec4af9ce5d12&itemIGO=oecd&itemContentType=book

【用語説明】

用語意味
※1
高速カロリメトリー
高速カロリメトリー(FSC; Fast Scanning Calorimetry)は示差走査熱量測定法(DSC; Differential Scanning Calorimetry)の一種で、温度を所定のプログラムに従って変化させながら、試料からの熱の出入りを調べる分析法です。一般的なDSCは数ミリグラムの試料を毎分10℃程度で加熱・冷却して測定を行います。一方、高速カロリメトリーは信号の検出部に半導体の微細加工技術を適用することにより、測定に用いる試料の量を数十ナノグラムにまで減らすことができます。これにより毎秒数千℃の温度制御下における試料からの熱の出入りを調べることができます。この特徴を活かして生産現場における急速な熱処理を模擬し、その際の熱の特性を調べることなどに利用されています。
※2
核磁気共鳴
NMR(Nuclear Magnetic Resonance)装置は、強い磁場の中に試料を置き、スピンの向きを揃えた分子にパルス状のラジオ波を照射して核磁気共鳴させた後、分子が元の安定状態に戻る際に発生する信号を検知して、分子構造などを解析する装置です。複雑な有機化合物の化学構造の決定(H、C、N などの結合状態、隣接原子との関係など)に用いる構造だけでなく、分子間や分子内相互作用、分子の運動性、組成の決定など有用な情報が得られるため、生命科学、化学、医薬品・食品開発、材料科学といった幅広い分野で利用されています。
※3
結晶と非晶質
高分子は同種の繰り返し構造が鎖状に長く連なった分子の集合体です。一般的な高分子材料は、分子レベル(ナノメートル程度)では、分子鎖が規則正しく配列している状態(結晶)と互いに不規則に絡まりあった状態(非晶質)が混在した複雑な構造を形成していると考えられています(下図にイメージを表示[文献1])。

[文献1]:松下裕秀・編著、 高分子の構造と物性 (2013) 講談社、 ISBN: 978-4-06-154380-5
※4
従来の熱分析
熱分析は、JIS K 0129によれば「物質の温度を一定のプログラムによって変化させながら、その物質のある物理的性質を温度の関数として測定する一連の方法の総称」と定義されます。FSC以外の多くの熱分析の手法では、制御可能な昇温・冷却の速度がせいぜい毎分数十℃です。このような比較的遅い冷却速度で溶融状態から冷却した場合には、PEとPPそれぞれの結晶・非晶質が含まれた複雑な構造物が得られます。
【本サービスのお問い合わせ先】
本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

(株)東レリサーチセンター
分析ご相談窓口
E-mail:bunseki.trc.mb[a]trc.toray

材料物性研究部 担当:古島圭智
TEL:077-510-9105
E-mail:yoshitomo.furushima.d8[a]trc.toray

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