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2023年9月1日
円二色性分散計を用いた新規創薬モダリティに対する最新の受託分析サービスの開始について
~高感度・高精度な解析によりバイオ医薬品の研究・開発の加速、品質管理の効率化をサポート~
【要旨】

当社(以下、「TRC」)は、このたび、円二色性分散計(Circular Dichroism:CD) ※1 による新規創薬モダリティ※2に対する最新の受託分析サービスを国内の受託分析会社に先駆けて開始します。TRCでは長年にわたり円二色性分散計を用いた受託分析サービスを提供し、バイオ医薬品の開発や品質管理に貢献してきました。今回、日本分光株式会社製の最新装置を導入することで、新たにCDスペクトルの同一性や有意差の客観的かつ高感度な評価及び、従来困難であったβシート構造※3が多いタンパク質の高精度な二次構造の解析が可能になりました。最新装置と長年培った経験やノウハウを活用し、さらに確度高い解析結果をご提供します。
タンパク質の二次構造は、抗体医薬品のようなバイオ医薬品の効果や副作用、バイオセンサーの性能に影響するなど、医学や生物学だけでなく工学などのさまざまな分野において、重要な役割を果たしています。TRCがご提供する確度高い解析は、今後ますます拡大していくバイオ医薬品やバイオマテリアル等の研究・開発の加速、品質管理の効率化等を強力にサポートしてまいります。
TRCは、最新の受託分析サービスをご提供することで、健康・長寿社会の実現に対して、医薬品、バイオ製品の研究・技術開発支援の面から貢献してきました。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も技術開発に邁進してまいります。

【背景】
昨今、医薬品市場では抗体医薬品や核酸医薬品など新しい創薬モダリティが脚光を浴びています。抗体医薬品や核酸医薬品の高次構造(Higher Order Structure : HOS)の把握は、品質を確認する上で必要不可欠です。ICH Q5E ※4では抗体医薬品の品質に関するガイドラインとして、製造工程変更前後でのHOSの同等性/同質性を客観的に評価することが示されています。また、FDA※5 や EMA※6 など世界各国のガイダンスにも、イノベーター(先行バイオ医薬品)とバイオシミラー(バイオ後続品)の HOS の比較や二次構造組成比を評価すべきと記載されています。上記ガイドラインの施行に伴い、製薬業界ではCD スペクトルの同一性や有意差を客観的かつ高感度に評価できる手法や二次構造解析組成比を精度高く算出できる手法が求められるようになりました。TRCはいち早く、最新の統計的な手法による解析機能を備えた円二色性分散計を導入し、上記の製薬業界のニーズに応えるとともに、新しい創薬モダリティへの適用へ技術開発を進めています。

【核酸医薬品への適用事例】
TRCでは国内の受託分析会社に先駆けて、長年にわたり円二色性分散計を用いた受託分析を行ってきただけではなく、「申請資料の信頼性の基準」(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則第43条)に従った試験も数多く実施してきました。また、TRCは、その長年培った経験やノウハウを活用して、最新装置を用いて核酸医薬品に関する国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトに参画し、分析技術を開発しています。その一環として、円二色性分散計の核酸医薬品の品質評価への適用を検討しました。
図1に、AMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「核酸医薬品の製造・精製・分析基盤技術の開発」プロジェクトにおける成果として、核酸中の塩基欠損体の含有を評価した事例を示します。核酸医薬品のひとつであるオリゴ核酸(以下、オリゴ核酸A)及びオリゴ核酸Aの塩基配列から一塩基欠損したオリゴ核酸(n-1体)を5%、10%含む混合試料、オリゴ核酸AのPO体※7についてCD測定を実施し、CDスペクトルの同等性を統計学的に解析しました。CDスペクトル(上図)は繰返し5回測定の平均値です。全体的にほぼ重なっているため、一見すると差がないように見えますが、これらをT検定※8で詳しく調べると、いずれも有意差有無の判断基準となるp値<0.05であり(下図)、250 nm付近の違いは有意差だと判断されました。一塩基欠損体が5%、10 %混合した試料、及びPO体のCDスペクトルはオリゴ核酸AのCDスペクトルと異なっており、構造に違いがあることが示唆されます。このように、判別し難い一原子や一塩基違いによる僅かなCDスペクトルの差異を見出せたことから、今回導入した最新装置は、異なる製造ロットや先発品との同等性評価のような品質管理や核酸医薬品の高次構造解析のための有用なツールの一つとして活用できることが期待されます。なお、本内容は日本核酸医薬学会 第8回年会にて、日本分光株式会社と共同で発表しました。
  

図1 オリゴ核酸Aと一塩基欠損体混合試料、PO体のCDスペクトル(上)とスペクトル同等性評価(下)
(本研究はAMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「核酸医薬品の製造・精製・分析基盤技術の開発」プロジェクト(代表:小比賀聡)による支援の成果である。)

図1 オリゴ核酸Aと一塩基欠損体混合試料、PO体のCDスペクトル(上)とスペクトル同等性評価(下) (本研究はAMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「核酸医薬品の製造・精製・分析基盤技術の開発」プロジェクト(代表:小比賀聡)による支援の成果である。)

【今後の展開】
抗体医薬品や核酸医薬品といった新しい創薬モダリティであるバイオ医薬品、バイオシミラーの研究・技術開発が増加している昨今、医薬品の品質を保証する上で、高次構造解析の重要性は増しています。TRCが長年に渡って培ってきた経験やノウハウと今回新たに導入した円二色性分散計により、従来よりも高精度な解析結果が提供可能となりました。円二色性分散計は、抗体医薬品や核酸医薬品の高次構造解析に限らず、タンパク質や核酸の熱安定性の確認や有機化合物の光学異性体識別などの分析にも活用できます。また、TRCではSPR※9やITC※10といった分子間相互作用解析やNMR※11やLC-MS※12といった構造解析も併せて受託しております。これらの分析法を効果的に組み合わせる事により、化学構造と活性の関係を調べるトータルな分析が可能になります。
このような最新の分析サービスをご提供することで、TRCは、健康・長寿社会の実現に対して、医薬品、バイオ製品の研究・技術開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進してまいります。
 
【用語説明】
※1)円二色性分散計(Circular Dichroism:CD):
CDは光学活性体に光が吸収される際に生じる左右の円偏光の吸収の差を検出します。左右の円偏光の吸収の差により透過光は楕円偏光となり、その楕円率の波長依存性をプロットしたものをCDスペクトルと呼びます。CD分析は特別な前処理を必要とせず、試料を溶液状態のまま測定できる点から、比較的簡便に分析が可能であり、従来からバイオ医薬品のHOS同等性/同質性評価、タンパク質や核酸の熱安定性の評価、核酸の立体配座解析、既知有機化合物の光学異性体識別などに使われます。
※2)創薬モダリティ:医薬品の製造法の基盤技術の方法・手段、もしくはそれに基づく医薬品の分類
※3)βシート構造:タンパク質やペプチドは二次構造と呼ばれる局所的に一定の立体構造をとる。代表的な二次構造として、α-ヘリックス構造やβ-シート構造がある。
※4)ICH/Q5E:
ICH(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use(医薬品規制調和国際会議)は医薬品規制当局と製薬業界の代表者が協働して、医薬品規制に関するガイドラインを科学的・技術的な観点から作成する国際会議であり、Q5Eは従来のバイオ医薬品の製造 工程の変更前後の同等性/同質性評価に関する指針
※5)FDA:アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)
※6)EMA:欧州医薬品庁(European Medicines Agency)
※7)PO体:末端の S 化リン酸が 1 か所脱硫してO原子に変化したオリゴ核酸
※8)T検定: 2つのグループの平均値が違うかどうかを確認する方法。平均値に違いがないと仮定してデータから計算される値(t値)と確率(p値)を用いて判断する。p値が小さければ平均値に違い(差)があることになり、p値が大きければ平均値に違いがないことに相当する。
※9)SPR:表面プラズモン共鳴法(Surface Plasmon Resonance)分子間相互作用解析の手法の一つ。分子間の相互作用で生じた質量変化を反射光の屈折率変化として捉える。これにより相互作用の動的プロセスや親和性を知ることができる。ラベルフリーでリアルタイムに測れるのが特徴。SPRは分子間相互作用の研究や薬剤開発などの分野で使われている。特に、抗体や抗原などの生体分子間相互作用の結合定数やカイネティクスを取得するのに適している。
※10)ITC:等温滴定カロリメトリー((Isothermal Titration Calorimeter)分子間相互作用解析の手法の一つ。分子間の相互作用で生じる熱量の変化(発熱または吸熱)を直接測定することで、解離定数、結合比、エンタルピー変化などの結合に関する熱力学的パラメーターを得ることができる。例えば、タンパク質やDNAなどの高分子と、薬剤やリガンドなどの低分子との結合の強さや結合様式を知ることができる。また、創薬の分野では、標的分子に結合するドラッグの開発にも応用されている。
※11)NMR:核磁気共鳴分光法(Nuclear Magnetic Resonance)強い磁場の中に試料を置き、スピンの向きを揃えた分子にラジオ波を照射して核磁気共鳴により磁化を励起させた後、分子が元の安定状態に戻る際に発生する信号を検知して、分子構造などを解析する装置。複雑な有機化合物の化学構造の決定(H、C、N などの結合状態、隣接原子との関係など)に用いる。構造だけでなく、分子間や分子内相互作用、分子の運動性、組成の決定など有用な情報が得られるため、生命科学、化学、医薬品・食品開発、材料科学といった幅広い分野で利用されている。
※12)LC-MS:液体クロマトグラフ質量分析計(Liquid Chromatography-Mass Spectrometer)サンプルを液体クロマトグラフィー(LC)で成分ごとに分離し、質量分析(MS)計にて分離した成分ごとの分子量を求めることができる。さらにLC/MS/MSでは、前段の質量分析(MS)部で分離した特定の分子量を持つ成分のみをさらに断片化し、後段の質量分析計で断片イオンを検出する分析手法である。 高感度・高選択性をもつ質量分析計を用いる場合は定量分析に使われ、高分解能・高精度な質量分析計を用いる場合はタンパク質配列解析やプロテオーム解析等にも使われる。高分解能測定では組成式を算出することも可能となり、構造解析に有用である。
  
【本サービスのお問い合わせ先】
本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

バイオメディカル分析研究部 担当:中野 隆行
TEL:0467-32-9975
E-mail:takayuki.nakano.d6[a]trc.toray

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