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2024年2月22日
SNOMラマン分光装置 を用いた積層セラミックコンデンサの局所応力解析法の開発
~正確な応力解析による精密電子部品の信頼性向上に貢献~
【要旨】

 当社(以下、「TRC」)は、独自開発の近接場ラマン顕微鏡 (Scanning Near field Optical Microscopy : SNOMラマン分光装置)で、積層セラミックコンデンサ(Multi-Layer Ceramic Capacitor : MLCC)の内部応力を100 nmの空間分解能で計測する技術を開発しました。コンデンサは電子機器に欠かせない部品ですが、構成する材料間に発生する応力で壊れることがあります。この応力を制御するには、正確な計測が必要ですが、最近のMLCCの電極間隔はサブミクロンにまで狭くなってきており、100 nmオーダーの局所応力解析が求められていました 。
 これに対してTRCは、このたび、SNOMラマン分光装置を用いることで、MLCC内に発生する応力を100 nmの高い空間分解能で測定することを可能にしました。これは、発生応力を低減させるための最適な構造設計を行い、MLCCの信頼性を向上させるために有用な情報です 。
今後も「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念に基づき、より一層の分析技術水準の向上に努めていくとともに、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、新しい分析技術の導入・開発に邁進してまいります。
 
【背景】
 コンデンサは、スマートフォンや電気自動車などに搭載される電子機器に多数使用されている[1]ので、コンデンサの故障は電子機器の信頼性を大きく低下させます。コンデンサは、外部電極と内部電極・誘電体(*1)の積層体で構成されています(図1(a),(b))。積層体では、熱膨張係数の差により材料間に応力が生じ、亀裂(クラック)などの欠陥の原因になります。発生応力を制御するには、加工や焼成などの製造条件の影響を正しく見積もる必要があります。また、電極積層部はサブミクロン間隔で薄膜化、多層化されているため、100 nmオーダーの応力測定が必要です。
 応力測定方法の一つであるラマン分光法(*2)は、特に異種材料間の応力解析に適しています。しかし、通常の顕微ラマン分光装置の空間分解能は1 µm程度で、100 nmオーダーの応力解析には不十分です。TRCでは、近接場光を使った100 nmの空間分解能を持つ新しいラマン顕微鏡「SNOMラマン分光装置」(*3)を開発してきました。これをMLCCに適用し、電極界面100 nmの局所応力の解析を実現しました。
 
【今回の成果の重要性】
 高誘電タイプのコンデンサの主要材料であるチタン酸バリウム(BaTiO3)を誘電体としたMLCC(図1(a),(b))に対して、顕微ラマン分光装置(空間分解能1 µm)による応力分布解析を行いました(図1(c)~(f))。測定領域1(200 µm角)では、内部電極が密集する中心部に強い圧縮応力が発生していることがわかります(図1(c),(d))。また、内部電極近傍の応力分布を詳細に調べるために、紫外光励起の光吸収による増強効果(共鳴ラマン効果(*4))を利用して感度を向上させた結果、 電極周辺に圧縮応力が局在していることがわかりました(図1(e),(f))。
そこで、SNOMラマン分光装置により、電極周辺(図1(f)中の黒丸部)の応力分布を、さらに詳細に解析した結果、電極周辺に約800 MPaの圧縮応力が局在していることがわかりました(図2)。この値は圧縮応力としては非常に大きく、BaTiO3のクラック発生を誘発するなど、デバイス特性に影響を与える可能性があります。

図1 (a)MLCCの外観および内部の模式図、 (b)MLCC断面の光学顕微鏡像、 (c,d)測定領域1の光学顕微鏡像及び顕微ラマンによる応力分布像(200 µm角)、(e,f)内部電極近傍の電子顕微鏡像及び顕微ラマンによる応力分布像(15 µm角)

 
図1 (a)MLCCの外観および内部の模式図、 (b)MLCC断面の光学顕微鏡像、 (c,d)測定領域1の光学顕微鏡像及び顕微ラマンによる応力分布像(200 µm角)、(e,f)内部電極近傍の電子顕微鏡像及び顕微ラマンによる応力分布像(15 µm角)
 

図2 SNOMラマンによる電極とBaTiO3の界面からの距離と応力の関係図(図1(f)黒丸部)

図2 SNOMラマンによる電極とBaTiO3の界面からの距離と応力の関係図(図1(f)黒丸部)
 
【今後の展望】
 SNOMラマン分光装置を用いた応力解析により、高性能・高信頼性のMLCCの開発促進が期待されます。
 TRCは「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念のもと、最先端の分析技術をいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進して参ります。
 
本サービスのお問い合わせ先】
  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

 構造化学研究部 担当:長坂 龍洋
 TEL: 077-510-9107
 E-mail:tatsuhiro.nagasaka.w5[a]trc.toray
 *: [a]は@に置き換えてください。
 
注釈説明
(*1) 誘電体:
外部から電圧をかけることで+と-に分極し、電荷を蓄える性質を有する物質。
(*2) ラマン分光法:
レーザー光を試料に絞り込んだ時に発生する散乱光をスペクトルとして検出し、試料の化学的な情報(組成や応力、結晶性)を解析する分析手法。
(*3) SNOMラマン分光装置
レーザー光を、独自に開発した近接場光発生用プローブ先端の微小開口(100 nm)に絞り込み、開口部周辺に近接場光(=微小開口から染み出した光)を発生させる。この近接場光を試料に照射し、近接場ラマンスペクトルを取得する(補図1)。
 

補図1 SNOMラマン分光装置の概念図

補図1 SNOMラマン分光装置の概念図

 
(*4) 共鳴ラマン効果:
励起光の波長を分子が光を吸収する波長と一致させることで、ラマン散乱光が著しく増大する現象。 104~106程度に増大される。タンパク質に含まれる特定分子の情報取得などに用いられる。
 
[1] https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r5_dai8/siryou2.pdf