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2019年11月22日
東レリサーチセンター
「NanoSIMS 50L」により生体内のタンパク質分布を高空間分解能で可視化

 
 当社は、二次イオン質量分析(SIMS)で高感度に検出できる新規標識体の合成に成功いたしました。本標識体を活用し、日本企業で初めて導入したNanoSIMS 50Lの性能を最大限引き出すことで、従来の質量イメージングに比べて極めて高い空間分解能で、生体試料中の目的分子のイメージングが可能になりました。

【背景】
 SIMSは、固体表面へのイオンビーム(一次イオン)照射時に、スパッタリングにより表面から放出されるイオン(二次イオン)を検出することで、固体試料中に含まれる元素を直接検出する分析手法です。NanoSIMS 50Lは、プローブ径約50 nmのイオンビームと、透過率の高い質量分析系との併用により、質量イメージングとしては最高の空間分解能(<50 nm)で、最大7元素の同時分析が可能です。
 NanoSIMS 50Lの適用分野のひとつにライフサイエンス分野があります。生体試料中には、様々な分子が混在していますので、ある分子のみを検出するために、通常、その分子を特異的に認識する抗体を利用します。抗体にSIMSで検出可能な標識を付けることにより、目的分子のみを検出できることになります。しかしながら、これまでSIMSで高感度に検出できる標識体(プローブ)がなかったため、ライフサイエンス分野での応用は限定的でした。
 

 
【今回の成果と分析事例】
 当社ではこの度、スパッタリングにより高い効率で二次イオンを放出する新規高感度プローブの合成に成功しました。本プローブを用いて抗体に標識を付けることにより、NanoSIMS 50Lの性能を最大限引き出すことで、従来の質量イメージングに比べて極めて高い空間分解能で、生体試料中のタンパク質イメージングが可能になりました。

 以下に、本高感度プローブを用いた分析事例を示します。

 図1にNanoSIMS 50Lによる特定タンパク質の検出原理を示します。まず、検出したいタンパク質を認識する一次抗体とこの一次抗体を認識する二次抗体を準備し、当社で開発した高感度プローブで二次抗体を標識します。続いて、試料に一次抗体と標識二次抗体を添加し、イオンビームを照射します。スパッタリングによりプローブから放出されるイオンをNanoSIMS 50Lで検出することで、特定タンパク質の分布を可視化することができます。
 

図1 SIMSによる特定タンパク質の検出原理


図1 SIMSによる特定タンパク質の検出原理 
 


 図2にNanoSIMS 50Lを用いたマウス神経線維におけるβ-Actinのイメージングの例を示します。右図に示したCN-イオンは、主にタンパク質など窒素含有化合物の分布に相当し、その形状から神経線維1本の断面が鮮明に捉えられていることが分かります。一方、左図に示したプローブ由来イオンは、β-Actinの分布を示しています。
 

図2 マウス神経線維のNanoSIMSイメージング、(左)プローブ由来イオン、(右)CN-イオン


図2 マウス神経線維のNanoSIMSイメージング (左)プローブ由来イオン、(右)CN-イオン
 

 
 図3にプローブ由来イオンとCN-イオンを両方表示したイメージングを示します。左図の結果から、β-Actinは神経線維の外周部(髄鞘)に発現していることが分かります。一方、右図は一次抗体として抗β-Actin抗体の代わりにNormal IgGを用いて同様の測定を行った対照実験の結果です。陰性対照ではプローブ由来イオンが検出されなかったため、標識二次抗体の非特異的な結合がほとんど発生しないことも確かめられました。
 
 

図3 マウス神経線維のNanoSIMSイメージング(プローブ由来イオンとCN-イオンの重ね書き)


図3 マウス神経線維のNanoSIMSイメージング(プローブ由来イオンとCN-イオンの重ね書き)
 

 
 本成果は、2019年11月28日に当社主催の先端分析技術シンポジウム2019(会場:東京コンファレンスセンター・品川)で報告する予定です。


【今後の展望】
 この度、高感度プローブの合成に成功したことで、NanoSIMS 50Lのライフサイエンス分野での活用の可能性が大きく広がりました。現在当社では、動物に投与したバイオ医薬品の分布のみならず、定量まで可能にする測定系の構築を進めています。これにより、医薬品の作用メカニズム解析に効力を発揮するばかりでなく、創薬研究・技術開発の確実性が高まり、開発期間の短縮に貢献できると考えています。高空間分解能を誇るNanoSIMS 50Lを活用し、従来のSIMSでは実現できないイメージングをライフサイエンス分野での強力なツールとして発展させるべく、今後も技術開発を進めてまいります。