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2024年3月6日
mRNA-LNP品質評価の受託体制確立
~DLS、TOF-MS、MALS導入により、医薬品の開発支援機能を大幅拡充~
【要旨】

 当社(以下、「TRC」)は、このたび、お客様の伝令リボ核酸搭載脂質ナノ粒子(以下、「mRNA-LNP*1」)を主成分とする医薬品の開発を支援する、品質保証のための包括的な分析受託サービスを開始しました。mRNA-LNP は新型コロナワクチンの代表的な有効成分であり、mRNAを脂質で被覆した構造体です。このたび、TRCの品質保証分析部門に動的光散乱分析装置(以下、「DLS*2」)、飛行時間型質量分析計(以下、「TOF-MS*3」)、多角度光散乱検出器(以下、「MALS*4」)を新たに導入し、医薬品GMP*5に準拠したmRNA-LNPの本格的な評価体制を構築しました。TRCは化学合成医薬品、蛋白質、抗体医薬品の各領域で、国内トップクラスの豊富な分析実績があります。新たに導入した分析機能を、TRCがこれまでに保有してきた他の分析機能と組み合わせることにより、mRNA-LNP医薬品の品質保証に関わる分析のニーズに幅広くお応えします。
 今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、医薬品分野においてもいっそうの技術水準の向上に取り組むとともに、お客様の製品開発への貢献を通じて、社会への少しでも早い医薬品提供に寄与できるよう努めてまいります。

【背景】
 新しい医薬品が市販されるためには、厚生労働省をはじめとする各国当局の承認が必要です。その際、医薬品の製造方法、品質を保証するための実験データのみならず、その実験方法の承認も必要です。mRNA-LNPなど新しいタイプの医薬品の品質を保証するためには、それに応じた新しい分析機能が求められます。
 近年社会に急速に広まりつつあるmRNA-LNP医薬品は、DLS(LNPの粒子サイズを測定)、TOF-MS(mRNAの構造を解析)、MALS(mRNAの分子量を測定)という分析手法を用います。これらは一般的な分析手法ですが、医薬品の分析手法としては、まだ社会での実績が少なく、データの再現性、手法の堅牢性が厳しく求められます。当社はこれらの分析手法を医薬品GMPの下での運用できるようにし、医薬品の品質保証に貢献しています。
 
【mRNA-LNP医薬品で求められる分析手法】
 図1にmRNA-LNP医薬品の構造(模式図)、薬効に影響する因子と対応した分析法を示します。mRNAは体内で蛋白質を作る情報を持つ長い鎖状の分子ですが、そのまま人体に投与されるとすぐに分解(代謝)してしまいます。そこで、mRNAを脂質の膜で包んだLNP粒子にすることで、mRNAを守りながら細胞内へ運ぶことができます。体内に投与されるLNP粒子は目的となる臓器や細胞へ適切に輸送されるために、粒径が一定の範囲内になるように調整する必要がありますが、DLSではLNP粒子の粒径とその分布がわかります。
 また、mRNAは体内で蛋白質を作る効果を示すために、一端にポリA配列、他端にキャップ構造と呼ばれる特別な部分が付いています。これらは、mRNAの安定性や効果に重要な役割を果たします。医薬品原料として合成されたmRNAは、これらの部分が正しく付いていることを確認する必要があります。TRCでは、mRNAからポリA配列部分を切り出した後に、TOF-MSを用いてポリA配列の長さを測定することや、キャップ構造がmRNA全体に対してどれくらいの比率で付いているかを調べることが可能です。ここでは、mRNA-LNP医薬品分析の中で、最も高度な解析技術を必要とするポリA配列の分析結果を図2に示します。これは、mRNA末端のポリA配列をmRNAから分離した後に、その鎖長をTOF-MSで測定した結果です。ポリA配列は、mRNA-LNP医薬品の種類ごとに最適な長さが必要です。TOF-MSによってポリA配列の長さ(ポリA鎖長)に応じた複数のピークが検出されており、このデータから、mRNA末端のポリA鎖長の分布を解析することができます。図2から、化合物A(アデニン)が54個から68個繋がったポリA配列がmRNAに含まれており、設計通りの鎖長の分布を示していることがわかります。この方法で、様々なmRNA-LNP医薬品に、適切な長さのポリA配列が結合しているかを確認することができます。
 また、TRCでは、MALSにより迅速にmRNAの分子量を測定することで、医薬品原料のmRNAが正しく合成されていることを確認することもできます。短期間で分析結果をご提供することで、mRNA-LNP医薬品製造の工程管理や、原料となるmRNAの次工程への使用可否の判定にご利用頂けます。
 

図1  mRNA-LNP医薬品の構造(模式図)、および薬効に影響する因子とそれに対応した分析法(【】内)の一例。A、G、Pは化合物(A:アデニン、G:グアニン、P:リン酸)。合成される蛋白質の構造はmRNAを構成する化合物の並び順によって決まる。

  
図1  mRNA-LNP医薬品の構造(模式図)、および薬効に影響する因子とそれに対応した分析法(【】内)の一例。A、G、Pは化合物(A:アデニン、G:グアニン、P:リン酸)。合成される蛋白質の構造はmRNAを構成する化合物の並び順によって決まる。
 

図2 TOF-MSによるポリA鎖長分布の測定結果

図2 TOF-MSによるポリA鎖長分布の測定結果

 
【今後の展望】
 mRNA-LNP医薬品の分析には、様々な項目があります。今回導入したDLS、TOF-MS、MALSにより、mRNA-LNP医薬品の品質保証を目的とした分析をより広くカバーできるようになりました。キャピラリー電気泳動*6、細胞アッセイ*7、酵素結合免疫吸着測定法*8など、従来の保有機能についても、現在以上にmRNA-LNPをはじめとした核酸医薬に適用できるよう技術開発を進めます。これらの分析機能を組み合わせることで、ますます大きくなるmRNA-LNP医薬品の分析に関する社会ニーズにお応えできるよう努めてまいります。

【用語の説明】
*1) mRNA-LNP:伝令リボ核酸搭載脂質ナノ粒子。mRNA(Messenger ribonucleic acid)はメッセンジャーRNA(伝令リボ核酸)であり、細胞内で蛋白質を合成するための情報が記録された分子。人工的に合成されたmRNAを利用したワクチンをはじめとする医薬品の開発が進んでいる(例:新型コロナワクチン)。また、LNP(Lipid nanoparticle)は脂質ナノ粒子。脂質を主成分とする直径10 nm~1000 nm程度の粒子。mRNA-LNPはmRNAをLNPに包み込んだ粒子であり、注射されると体内でmRNAを細胞内に移行させることが可能である。
*2) DLS(Dynamic light scattering):動的光散乱。レーザー光を当てた微粒子の散乱光の揺らぎから、粒径や分布を測定する方法。この揺らぎは微粒子が液体の中でランダムに動くことによって生じ、小さい粒子ほど速く、大きい粒子ほど遅いので、揺らぎの速さから粒径を推定できる。
*3) TOF-MS(Time-of-flight mass spectrometer):飛行時間型質量分析計。液体中に溶けた分子に電圧をかけてイオン化させ、真空中を飛行するのに要した時間から、分子の精密な質量を測定できる装置。当装置は、株式会社島津製作所の田中耕一エグゼクティブ・リサーチ フェローが2002年度ノーベル化学賞を受賞された研究成果である「マトリックス支援レーザー脱離イオン化法」と組み合わされ、蛋白質のような分子量の大きい物質の分析に応用されている。
*4) MALS(Multi angle light scattering):多角度光散乱。分子の大きさや形によって光を散乱する性質を利用して、分子量やサイズを測定する分析技術。MALSでは、光を散乱する分子の種類や濃度に関係なく、分子量やサイズを直接測定することができる。
*5) GMP(Good manufacturing practice):医薬品の製造管理及び品質管理の基準。医薬品を製造するための要件をまとめたもの。医薬品は、病気の治療や予防などの保健衛生に用いられ、人々の健康や生命に直接関与している。そのため、医薬品を製造する際は、定められた品質規格に適合することを確認するだけでなく、製造する過程についても適切に管理し、品質の良い優れた医薬品を恒常的に製造する必要がある。
*6) キャピラリー電気泳動:溶融石英製の細管の両端に電圧をかけ、分析する試料の溶液を細管内に通過させることで、溶液中の成分を分離し、各成分の濃度を測定する手法。mRNAや蛋白質のような、水中で正または負の電気を帯びた成分を分析することに適している。
*7) 細胞アッセイ:人工的に培養した実験用の生きた細胞に医薬品を加え、その医薬品の影響による細胞数の増減や細胞の反応を定量的に測定することで、医薬品の効力を調べる手法。品質評価ではmRNAや蛋白質のような複雑な構造を持つ医薬品に用いられる。
*8) 酵素結合免疫吸着測定法:生物の持つ免疫において重要な役割を果たす蛋白質(抗体)に対する物質の結合の程度を指標に、溶液中の物質の量を測定する手法。細胞アッセイと同様に、品質評価ではmRNAや蛋白質のような複雑な構造を持つ医薬品に用いられる。
 
本サービスのお問い合わせ先】
  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

株式会社東レリサーチセンター
 CMC分析研究部CMC分析室 担当:内久保裕介
 TEL: 052-613-5377
 E-mail:yusuke.uchikubo.h3[a]trc.toray
 *: [a]は@に置き換えてください。