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2018年1月10日
東レリサーチセンター
光学限界を超えた分解能を有する近接場ラマン顕微鏡法の新規開発と
その半導体での局所応力歪み解析への応用
(近接場ラマン分光法)

 株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:川村邦昭)は、株式会社堀場製作所(所在地:京都市南区吉祥院宮の東町2番、社長:足立正之)の協力のもと、現在の光学限界を超えた空間分解能を持つ新しいラマン顕微鏡を開発しました。この装置を用いることにより、パワー半導体上の局所部における応力歪み解析が、世界初、約250ナノメートルの空間分解能で行うことが可能となりました。 【背景】  ラマン分光法とは、レーザー光を試料に絞り込んだ時に発生する散乱光をスペクトルとして検出し、試料の組成や歪み、結晶性などの様々な化学的な情報を抽出する分析手法です。ラマン分光法では、試料表面・内部を非破壊かつ前処理なしで測定が可能なことから、材料科学をはじめ幅広い分野で利用されています。特に半導体の分野においては、異種材料接合部にかかった応力や結晶の不均一性などの評価において高い有効性が認められ、現在では不可欠な解析手法の一つとなっています。  現在、ラマン分光法の空間分解能は物理的な光学限界であるおよそ1マイクロメートルが達成されています。しかし、近年の半導体デバイスの微細化に伴い、ラマン分析手法の更なる高分解能化が求められるようになってきました。特に、最近、急速な発展が見込まれる炭化シリコン(SiC)を中心に、パワーデバイス開発には、電極界面やゲート酸化膜との基板界面の応力がパワーデバイスの電気特性に大きな影響を与えることから、微小部界面での応力評価が必要不可欠になってきており、ナノメートルオーダーの空間分解能を有する新規応力分析手法の実現が待望されています。  ラマン分光法の光の回折限界を超える一つの方法として、「近接場光」を使う方法が知られています。近接場光とは、通常光が通ることのできない微小開口近傍のみに発生する「染み出し光」のことを指します。近接場光は、光の回折限界を超える微小な点光源であるため、ラマン分光法の空間分解能の限界を打破する方法の一つとして注目されてきました。当社はNEDOプロジェクト(2003~2008年)の下で近接場光を光源としたラマン分光装置を開発し、100ナノメートルを切る空間分解能でのシリコンの応力解析を達成しました。しかし、近接場光を発生させるプローブの安定性などの問題から、標準的な分析手法とするには至りませんでした。 【今回の成果の重要性】  今回、東レリサーチセンターでは、安定動作が可能な近接場ラマン分光装置を堀場製作所の協力のもと新規開発しました。近接場光の発生源であるプローブ(小さい針の意)も新規に開発し、水平・垂直方向ともに250ナノメートルの空間分解能が安定して得られることを確認しました。この装置を用いて、今後急速な需要が見込まれるSiC半導体とゲート酸化膜界面に発生する局所応力を高精度で測定する分析技術を開発しました。以下に詳細を示します。  図1左に今回開発した近接場ラマン顕微鏡の概念図を示します。赤色レーザー光を新規開発した近接場光発生用のプローブ先端の微小開口に絞り込み、開口部周辺に近接場光を発生させます。この近接場光を試料に照射することにより、試料からラマン散乱光が発生し、ラマンスペクトルとして検出する方法です。従来のラマン分光法と比較して高い空間分解能が得られるのは、この近接場光のサイズが水平・垂直方向ともに250ナノメートル程度と小さく、試料に照射されるレーザー光の表面積が相対的に小さいことに起因します。この近接場発生用プローブの安定動作が、今回の成功の一因となっています。  図1右上にSiC半導体において得られるラマンスペクトルの概念図を示します。ラマン線のピーク位置は、試料に作用する応力の方向(引張か圧縮)とその大きさに比例して変化します。具体的には、引張方向に応力がかかった場合(SiC半導体の格子が広がった場合)には低波数側に、また圧縮方向にかかった場合には高波数側にピーク位置がシフトします。この例で示したように、SiC半導体ではラマンスペクトルのピーク位置を解析することで応力解析が可能です。  近接場ラマン測定に用いた試料は、単結晶炭化シリコン(4H-SiC)の表面に50ナノメートルの酸化シリコン薄膜が積層されたものです。SiC半導体とシリコン酸化膜の格子定数と熱膨張係数の違いから、シリコン酸化膜近傍のSiC半導体には引張応力がかかっていることが予想されます。測定では、新規に開発した近接場ラマン顕微鏡で得られる引張応力の程度を従来のラマン顕微鏡と比較し、本装置の優位性を確認しました。  図2左にシリコン酸化膜の近傍から遠方にかけて測定したSiC半導体の近接場ラマンスペクトルを示します。各スペクトルのピーク位置に着目すると、シリコン酸化膜の近傍ではSiC半導体のピーク位置がごく僅かに低波数側にシフトしており、引張応力が作用していることが確認されました。  図2右に、従来のラマン(右上)と新規開発の近接場ラマン(右下)で測定したシリコン酸化膜の近傍から遠方におけるピーク位置のプロットを示します。シリコン酸化膜の近傍でのピークのシフト量を比較すると、近接場ラマン測定では低波数側への変化がより大きく検出されており、界面における引張応力が高感度に検出されていることが確認できます。シフト量を応力に換算すると、従来のラマン測定と比較しておよそ9倍近く大きい応力が見積もられました。これは水平・垂直方向の空間分解能の向上により、シリコン酸化膜界面に局在する応力をより正確に検出できたことを示しています。  これらの結果から、新規に開発した近接場ラマン顕微鏡は、SiC半導体の局所部の応力を従来のラマン顕微鏡よりもはるかに高精度で検出できることが示されました。

新規開発した近接場ラマン分光装置の動作概念図

図1 (左)新規開発した近接場ラマン分光装置の動作概念図
  (右)引張・圧縮応力をかけた場合のSiC半導体のラマンスペクトルイメージ

 
 

近接場ラマン測定結果

図2 (左)シリコン酸化膜近傍から遠方において測定したSiC半導体の近接場ラマンスペクトル
  (右)従来のラマン測定と近接場ラマン測定におけるラマンピーク位置変化の比較
 
 
【今後の展望】
 本装置は従来のラマン顕微鏡で測定可能なすべての材料に適用できる可能性があり、樹脂成型品や炭素材料、セラミックスなどの局所構造解析に有効であると考えられます。例えば、積層フィルムの接着性の向上には接着界面の構造制御(結晶構造や分子鎖配向など)も重要となりますが、ナノメーターサイズでそれらを直接的に解析できる手法は存在しません。本装置でそれらの情報を得ることが可能となれば、機能性フィルムの開発が大幅に加速することが期待されます。今後は、高分子材料を中心に本装置の対象材料を拡大していく予定です。

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  構造化学研究部構造化学第2研究室 担当:村上、藤田
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