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2022年12月7日
核酸医薬品の細胞内分布を高分解能で可視化
~SEM/NanoSIMSで実現、製薬会社の創薬支援を加速~
【要旨】

株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目号、社長:川村邦昭、以下、「TRC」)は、このたび、安田女子大学の瀬山 敏雄 教授、久保 貴紀 准教授と取り組んでいる共同研究において、細胞内の微小な空間に存在するsiRNA(核酸医薬品の一種)の詳細な分布を、高分解能SEM/NanoSIMSイメージングにより明らかにしました。

SEM/NanoSIMSは核酸医薬品に留まらず、低分子医薬品や抗体医薬品等、様々な医薬品の分布測定にも適用可能です。TRCは本技術により、お客様の医薬品候補の細胞内分布を、創薬初期段階で詳細に明らかにすることで、医薬品開発期間の短縮に貢献できると考えています。TRCは、最新の分析技術を一刻も早く医薬品開発の現場に届けることができるよう努めるとともに、今後も技術開発に邁進してまいります。


【背景】
核酸医薬品は、従来の医薬品では治療が難しかった難治性疾患に有効な薬剤になり得ることから、近年注目を集めています。核酸医薬品の一種であるsiRNAは、21塩基長の2本鎖RNAですが、1998年にクレイグ ・メロー博士(米国)とアンドリュー・ファイアー博士(米国)が遺伝子発現抑制を引き起こすこと(RNA干渉)を発見し、2006 年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。これにより核酸医薬品としての早期実用化への期待が高まりました。そして、2018年に世界初の siRNA医薬品patisiran が誕生、その後もsiRNA医薬品の開発は順調に進み、現在までに5品目が承認されています。

siRNAは、細胞の中の細胞質で機能することが知られています。従って、医薬品としてのsiRNAが細胞のどの場所に運ばれるかを確認することは、薬効を予測する上で、非常に重要なファクターになります。しかしながら、微小な細胞内空間の分子分布を可視化することは容易ではありませんでした。

これに対してTRCは、高分解能組成分析装置であるNanoSIMS*1に微小部分の形態観察が可能なSEM*2を組み合わせることで、微小な細胞内空間を可視化し、細胞内の薬物分布を詳細に解析する技術の開発に取り組んできました。


【成果】
TRCは、安田女子大学との共同研究において、瀬山 敏雄 教授、久保 貴紀 准教授のご指導のもと、培養細胞に導入したsiRNAの細胞内分布を、高分解能SEM/NanoSIMSイメージングにより明らかにしました。

以下に、具体的な分析結果を示します。

図1に培養細胞におけるsiRNAの細胞内分布を調べた分析結果を示します。左図は、今回の分析に用いた培養細胞のSEM観察像です。SEM観察により、細胞内にある細胞核や微小な細胞内小器官を確認することができます。中図は、左図と同じ場所をNanoSIMSで測定し、31P-(リン)の分布像を示したものです。Pは核酸に多く含まれるため、核酸を多く含む細胞核で強いシグナルが観察されています。一方右図は、siRNAの分布像を示したもので、中図とは反対に、siRNAは細胞核にはほとんど存在せず、細胞質全体に分布していることが分かります。

siRNAは細胞の中に運ばれると、細胞質中に存在するRISC*3と呼ばれるタンパク質複合体とともに標的mRNA*4と結合し、このmRNAを分解することで、遺伝子発現抑制を引き起こし、薬効を示すことが分かっていますが、本データは、siRNAが薬効を発揮できる細胞質に問題なく集積されていることを示しています。

本分析結果から分かるように、高分解能SEM/NanoSIMSイメージングを用いれば、細胞内の微小な空間に存在する核酸医薬品の分布を明確に示すことができます。

図1 培養細胞に導入したsiRNAの細胞内分布像
(左)SEM観察像、(中)31P-のNanoSIMS像、(右)siRNAのNanoSIMS像

図1 培養細胞に導入したsiRNAの細胞内分布像 (左)SEM観察像、(中)31P-のNanoSIMS像、(右)siRNAのNanoSIMS像

今後の展望
医薬品の多様性が増大している昨今、薬が作用部位に到達し、薬理作用を発現する過程を調べる、いわゆるファーマコダイナミクスと呼ばれる研究の重要性が増しています。今回、核酸医薬品の細胞内分布測定例をご紹介しましたが、SEM/NanoSIMSは核酸医薬品に留まらず、低分子医薬品や抗体医薬品等、様々な医薬品の分布測定にも適用可能です。TRCでは、本技術により、お客様の医薬品候補の細胞内分布を、創薬初期段階で詳細に明らかにすることで、医薬品開発期間の短縮に貢献できると考えています。

TRCはこのたび、最先端分析技術や解析力のさらなる向上を目指し、高度分析設備設置環境を整えた社屋を滋賀県大津市に新設し、稼働開始しました。新社屋では、高度な前処理が可能なバイオセーフティ室や今回紹介したSEM/NanoSIMSを含む先端分析装置を整備し、お客様ニーズに合わせて、より効果的・効率的な分析ソリューションを提供できる体制を整えております。

最新の分析技術を一刻も早く医薬品開発の現場に届けることができるよう努めるとともに、今後も技術開発に邁進してまいります。


本件に関するお問い合わせ】土曜日・日曜日・祝日・当社指定の休業日を除く

  ・株式会社東レリサーチセンター技術開発企画部 TEL:077-510-9118

 
注釈一覧

用語意味
SIMS*1Secondary Ion Mass Spectrometryの略。固体表面へのイオンビーム(一次イオン)照射時に、スパッタリングにより表面から放出されるイオン(二次イオン)を検出することで、固体試料中に含まれる元素を直接検出する分析手法。SIMSの中でもTRCが保有するNanoSIMSは、プローブ径約50 nmのイオンビームと、透過率の高い質量分析計との併用により、質量イメージングとしては最高レベルの50 nmの空間分解能で、最大7元素を同時分析することが可能。
SEM*2Scanning Electron Microscopeの略。電子レンズを使って電子線を微小径に集束し、試料上に照射する際、この入射電子ビームを試料上に走査させ、試料から放出される2次電子あるいは反射電子を検出することで像を得る電子顕微鏡。
RISC*3RNA-induced silencing complexの略。細胞質に存在し、遺伝子の転写や翻訳に干渉して、遺伝子発現を抑制するタンパク質複合体。
mRNA*4遺伝子配列に対応する一本鎖のRNA分子で、DNAから転写されて作られる。細胞質に存在するリボソームによって、タンパク質に翻訳される。mRNAワクチンによって、一躍有名になった。