close

2023年2月24日
透過型電子顕微鏡による最先端イメージング法の受託分析サービス開始について
~超低ダメージ原子分解能観察により、カーボンニュートラル社会実現に向けた材料開発支援を~
【要旨】

 株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:川村邦昭、以下、「TRC」)は、このたび、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM) ※1による最先端イメージング法である最適明視野走査透過型電子顕微鏡法(Optimum Bright Field Scanning Transmission Electron Microscopy:OBF STEM)の受託分析サービスを、国内の受託分析会社として初めて開始します。OBF STEMは材料を構成する原子配列を直接観察することが可能な空間分解能を有しており、たとえ観察時の電子線照射量を従来よりも大幅に低減させても鮮明な像を得ることができます。本手法の導入により、例えば従来は観察が難しかったゼオライト等の電子線照射に弱い多孔質材料について、吸着や分離などの機能発現に重要な表面・界面の原子配列の特定が可能となります。
 TRCは、このような情報をご提供することで、カーボンニュートラル社会の実現に対して、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も技術開発に邁進してまいります。


【背景】
 走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission Electron Microscopy:STEM) ※2はTEMを用いた測定手法の一種で、細く絞った電子ビーム(電子線)を試料に照射し、試料面上で走査することで、試料の内部構造を可視化する測定方法です。近年、電子顕微鏡レンズのぼけ(レンズ収差)を補正する技術が開発され、2017年には東京大学と日本電子株式会社の共同チームによって0.0405 nmの世界最高空間分解能が達成されました。その空間分解能の高さから、試料内部の原子配列を直接観察することが可能であり、昨今のナノテクノロジーを支える重要な分析技術となっています。

 しかしながら、電子線はX線と比べて物質との相互作用が大きいため、照射時に試料にダメージを与えやすく、ダメージを受けやすい試料の詳細な構造観察は難しいという問題がありました。特に、ガス分離や触媒として用いられるゼオライトや金属有機物構造体(Metal Organic Framework:MOF)等の多孔質材料、あるいは有機結晶材料などの結晶構造をSTEMで観察することは極めて困難でした。

 このような問題を解決するための新規イメージング方法として、電子線の強度を下げても鮮明な像を取得可能な最適明視野(Optimum Bright Field:OBF) STEM法が2021年に提案されました(K. Ooe, et al., Ultramicroscopy 220, 113133 (2021))。OBF STEMは東京大学の研究チームが開発した手法であり、日本電子株式会社からOBF STEM用検出器や測定・解析ソフトがリリースされています。当社では受託分析会社としてはいち早く本手法を導入し、受託分析サービスを新たに開始します。

【今回の新規導入分析手法の特長と測定事例】
 従来のSTEM法である環状暗視野(Annular Dark Field:ADF)-STEM※3では円環状のSTEM検出器が用いられますが、OBF STEMには円環を更に円周方向に分割したSTEM検出器が用いられます。この分割された各セグメントで同時に得られた複数のSTEM像に対して、専用の周波数フィルターを適用することで、画像のノイズ成分を最小化し、シグナル成分を最大化します。ADF-STEMは軽元素のコントラストが付きにくいという問題がありましたが、OBF STEMは軽元素と重元素の両方に対し、高いコントラストで観察することができます。また、OBF STEMにより、極めて弱い電子線照射でも試料構造を鮮明に観察することが可能になり、電子線照射に脆弱な試料の高倍率観察が実現しました。

 次に、OBF STEMを用いた測定事例を示します。

 図1にゼオライトに対するADF-STEM像とOBF STEM像の比較を示します。ゼオライトは200種類以上の結晶構造が報告されていますが、ここではMFIという骨格コードで識別される構造で形成されるゼオライトを観察しました。図1(a)は従来観察法であるADF-STEMにより取得した像ですが、像を認識可能な範囲で電子線照射量を最小化させても、画像取得時に結晶構造が破壊されています。一方で、新規観察法であるOBF STEM法では、更に電子線照射量を低下させても鮮明な像を取得可能なため、図1(b)に示したように、ゼオライトの結晶構造を明瞭に観察することができることがわかります。

図1

図1:ゼオライトMFI構造に対するADF-STEM像とOBF STEM像 黄色の図形はゼオライトMFI構造の原子配列の骨格モデル OBF-STEM像ではMFIの10員環骨格が確認できる

 図2にZIF-8と呼ばれる品種のMOFに対するOBF STEM像を示します。MOFは金属イオンと有機配位子から構成される結晶性の高分子錯体であり、ゼオライトを大きく凌駕する比表面積を有しています。また、金属イオンと有機配位子の組み合わせによって、細孔構造や比表面積を人為的に設計することが可能であり、次世代多孔質材料として研究開発が盛んに行われています。一方で、MOFはゼオライトよりも耐熱性や化学的安定性に乏しく、電子線ダメージを非常に受けやすい材料としても知られています。図1で示したゼオライトと異なり、従来STEM法では結晶構造の痕跡すら観察することができません。これに対して、OBF STEM法を用いると、MOFの結晶構造が破壊されないような超低電子線照射条件でも鮮明な画像を取得することができることがわかります。

図2

図2:MOF(ZIF-8構造)のOBF STEM像 [111]方向から投影した結晶構造モデルを重ねている

【今後の展開】
 今回新たに導入したOBF STEMシステムによって、従来観察法と比較して電子線照射量を大幅に低減させても鮮明な画像を取得できるようになりました。これまで可視化できなかった電子線脆弱材料に対しても原子構造を観察できるようになり、新たな知見が得られることが期待できます。今回ご紹介したゼオライトやMOFは、イオン交換材料や触媒、吸着材料、分離膜などとして、省エネルギーのために環境分野で幅広く利用されていますが、それらの性能や耐久性は結晶構造に大きく起因します。そのため、細孔径や容積等の細孔構造情報、あるいは元素種の分布の正確な理解は非常に重要になります。また、ゼオライトやMOFに限らず、多くの材料は表面・界面に形成される特異的な原子配列が吸着や分離などの機能発現に大きく寄与しています。局所領域測定が可能という電子顕微鏡の利点を活かし、材料の機能発現に重要な表面・界面の原子配列の特定が可能になります。
 このような構造情報をご提供することで、TRCは、カーボンニュートラル社会の実現に対して、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も技術開発に邁進してまいります。


【用語説明】
※1)透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy、TEM):
物質を原子レベルまで拡大して観察することができる装置。光学顕微鏡は光源に可視光を用いるのに対し、透過型電子顕微鏡は光源に電子線を用いる。数万~数十万ボルトで加速した高速電子線を試料に照射し、試料を透過した電子を利用して像を形成する。電子線は空気や試料によって散乱・減衰しやすいので、TEM装置内部は高真空に保たれており、観察する試料も電子線が透過するように100 nm程度以下に薄片化する必要がある。試料を拡大して観察するだけでなく、分光器を搭載することで、元素の分析も可能である。

※2)走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission Electron Microscopy、STEM):
TEMによるイメージング法の一種。プローブ状に細く絞った電子線を試料上で走査し、各点ごとに試料を透過した電子を検出する。各点における電子の検出量の差異が、像のコントラストとして反映される。検出器の配置される位置によって、試料中の結晶性を強く反映した像、原子番号の大きさを反映した像など、様々な像を描くことができる。電子線は原子レベルまで細く絞ることができるため、原子レベルの空間分解能で描像が可能である。

※3)環状暗視野走査透過型電子顕微鏡法(Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy、ADF-STEM):
STEM検出器として円環状の検出器を利用し、中央の穴部分の中心と電子線の光軸が一致するように配置する。この配置により、高角度に散乱した透過電子を選択的に検出することができる。高角度散乱電子は原子番号の大きさを強く反映した像を形成するため、重元素に敏感なイメージング法である。

【本サービスのお問い合わせ先】
本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

技術開発企画部先端分析推進室 担当:稲元 伸
TEL:077-510-9112
E-mail:shin.inamoto.a5@trc.toray