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2023年12月7日
インバースガスクロマトグラフィーを用いた受託サービス開始について
~粒子・繊維の親和性評価によって電池、医薬品など幅広い分野の材料開発を支援~
【要旨】

 当社(以下、「TRC」)は、他の国内分析会社では行っていないインバースガスクロマトグラフィー(以下「IGC」)(*1)による粉体・繊維の表面エネルギー測定について受託分析サービスを開始します。表面エネルギーは、物質どうしの親和性(なじみ)を表す指標です。例えば、粉体の場合、表面エネルギーが大きいほど粉体どうしが付着(凝集)しやすくなります。これまで、粉体や繊維のように細かくて複雑な形をした物質の表面エネルギーは、測定が難しいとされてきましたが、TRCではIGC測定の国内第一人者 である東邦大学/野口修治教授、伊藤雅隆助教にご指導を賜ることにより、測定ノウハウを確立し、受託サービス開始に至りました。本分析により、例えば、電池の電極材料粉体の分散液スラリーの分散安定化、繊維と樹脂の濡れ性向上による繊維強化複合材料の強靭化、医薬品製造工程での粉体混合効率化(省エネルギー化)等に役立つ“物質の親和性”に関する知見を得ることができます。
 今後も「高度な技術で社会に貢献する」という基本理念に基づき、より一層の分析技術水準の向上に努めていくとともに、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、新しい分析技術の導入・開発に邁進してまいります。

【背景】
 「粉体は気体・液体・固体という物質の三体と並ぶ“第四の状態”というべきである」 という言葉(『粉体工学概論』(日本粉体工業技術協会):1996)があるように、粉体は本質的には固体ですが、特異的な性質を持っています。粉体の性質によって、例えば、医薬品では、薬の効果や副作用や効き目の速さが異なり、化粧品では、肌への付着や感触に違いが生じ、食品では、味や食感が変わることがあります。粉体の性質は、その大きさや形状だけでなく、粉体の表面状態にも依存しており、表面エネルギーが大きいほど、粉体は付着しやすく、液体は粉体中に浸透しやすくなります。この表面エネルギーを測定する代表的な方法は接触角法(*2)ですが、粉体や繊維のような細かく不規則形状な材料表面での液滴形成は非常に困難でした。そこで開発されたのがIGCです。IGCは、粉体や繊維状試料を充填したカラムにアルコールなど特性が既知の試験溶媒の蒸気を注入し、試験溶媒の蒸気がカラムから出てくるまでの時間を測定する方法です。本手法によって、粉体や繊維の表面エネルギーを正確に知ることができるようになりました。

【今回の成果の重要性】
 図1に様々な処理を施したシリカゲル粒子(粒子径20 μm)に対してIGC 測定を実施し、得られた表面エネルギーを示します。シリカゲルは水分を吸着する粉末として有名です。表面には水分と反応するシラノール基(*3)などがあり、この量で表面特性が変わります。今回はシリカゲルを加熱、または熱水に浸す処理をすることで、水分と反応する部分の量を変化させました。図1から、処理により表面エネルギーが変化することがわかります。特に、水分と反応する部分の量に関係する極性成分(*4)が大きく変化しました。加熱処理(処理①)では未処理品と比べて極性成分が減少しており、水分と反応する部分が減ったことが示唆されます。一方、熱水処理(処理②)を行うと極性成分が再び増加しており、熱水に浸すことで水分と反応する部分が増えたことを示唆しています。2つの材料が接触したとき、それぞれの表面エネルギーが大きく、かつ分散成分と極性成分の比率が近いほど親和性がよいと言われています。本結果から、シリカゲルに対しては、極性溶媒(水やアルコールなど)であれば、未処理品や熱水処理品のほうが親和性がよいと推察されます。
 このような知見は、試行錯誤を繰り返すことが多かった電池の電極材料粉体のスラリー調製における分散媒選択などの材料開発やプロセス改善に役立ちます。また、繊維と樹脂の濡れ性向上による繊維強化複合材料の強靭化や、医薬品製造工程での粉体混合効率化(省エネルギー化)等に役立つ物質の親和性に関する知見獲得への活用も期待されます。
 

図1.シリカゲル粒子(市販品)の表面エネルギーの解析結果
処理①:未処理品を800°C 30分間加熱処理したもの
処理②:処理①品をさらに100°C 1時間熱水処理後、乾燥させたもの

図1.シリカゲル粒子(市販品)の表面エネルギーの解析結果
          処理①:未処理品を800°C 30分間加熱処理したもの        
          処理②:処理①品をさらに100°C 1時間熱水処理後、乾燥させたもの
【今後の展望】
 TRCは、粉体・繊維の表面エネルギーを正確に測定する技術を提供することで、電子材料、医薬品、化粧品、食品など幅広い産業の材料開発支援に貢献していきたいと考えています。今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、より一層の技術水準向上に努めていくと共に、新しい分析技術の導入・開発に邁進して参ります。
 
本サービスのお問い合わせ先】
  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

(株)東レリサーチセンター分析ご相談窓口 :E-mail:bunseki.trc.mb[a]trc.toray
担当:材料物性研究部 豊増 孝之
TEL: 077-510-9105
E-mail:takayuki.toyomasu.q4[a]trc.toray
*: [a]は@に置き換えてください。

 
注釈説明
(*1) IGC:
IGC(インバースガスクロマトグラフィー)は ガスクロマトグラフィー(以下「GC」)の一種です。GCは、ガスや液体のサンプルをカラムに通して充填剤との親和性で分離し、検出器で成分を分析する方法です。IGCは、粉体や繊維のサンプルをカラムに充填し、試験溶媒の蒸気を通してサンプルとの親和性で分離し、検出器で表面エネルギーを分析する方法です。GCはサンプルをキャリアガスに含ませますが、IGCは試験溶媒をキャリアガスに含ませます。そのため、IGCは逆のGCと呼ばれます。(補図1参照)

補図1.GCとIGCの概念図

補図1.GCとIGCの概念図

(*2) 接触角法:

試験液体の液滴を固体に落とし、固体と液体の接触する角度から表面エネルギーを求める手法です。接触角が大きいほど表面エネルギーが高いです。

(*3)シラノール基:
化学式ではSi-OHと表され、シリカを理解する上で非常に重要な結合です。シリカを加熱することでシラノール基が脱水縮合し、シロキサン結合(Si-O-Si)を形成すると言われています。

(*4) 表面エネルギーの分散成分、極性成分:
表面エネルギーは分子間に働く相互作用によるもので、分散力と静電的相互作用力の2つの成分に分けられるという考え方*があります。IGCの結果から表面エネルギーを求める方法は、この考え方に基づいています。

(*参考文献:例えばS. Mohammadi-Jam, K.E.Waters, Inverse Gas Chromatography Applications: A review, Adv. Colloid Interface Sci. 212, 21–44 (2014))