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2022年12月1日
ハイエンド走査透過型電子顕微鏡の導入・稼働について
~日本初の受託サービスを開始~
【要旨】

株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:川村邦昭)は、このたび、最先端の走査透過型電子顕微鏡(STEM)※1装置であるGrand ARMⅡ(日本電子製)を、受託分析会社として日本で初めて導入し、受託サービスを開始します。Grand ARMⅡは世界最高レベルの空間分解能(約0.05 nm)を有しており、物質を構成する原子の配列を直接観察することが可能です。観察時に照射する電子線の強度を下げても鮮明な像を得られる機能を搭載しており、電子線によるダメージによって従来では観察が難しかった金属リチウムについても原子レベルの観察を行うことができます。
当社がこれまで培ってきた高度な前処理技術や分析ノウハウと組み合わせ、ナノテクノロジー・材料分野における界面等の局所観察・解析ニーズに応え、お客様の製品開発、課題解決に貢献してまいります。

【背景】
STEMは、~1 nmまで収束させた電子ビーム(電子線)を、電子線が透過する厚さにまで薄片化した試料に照射し、透過した電子線を捉えて結像することで、試料の内部構造を“見える化(可視化)”する装置です。その空間分解能は電子線の径に依存し、近年では結晶を構成する原子と原子を識別できるほど、電子線を細い径に収束させることが可能であり、様々な分析手法の中でも格段に高い空間分解能を有しています。現在の世界最高性能は東京大学と日本電子株式会社の共同チームが2017年に達成した0.0405 nmであり、弊社が導入したSTEMは、この装置と同等の性能を有しています。
STEMは、SPring-8などの大型実験施設を使用しない実験室系でも原子レベルで局所構造観察が可能な唯一の手法として、これまで半導体や蓄電デバイス・材料分野など多岐に亘る分野の研究・開発に多大な貢献をしてきました。一方で、高い加速電圧を印加して形成する電子線を利用するため、例えば金属リチウムのように電子線照射によってダメージを受けやすい試料には適用が難しいという課題がありました。さらに、原子の配列が分かる像は得られても、元素種(例えば原子番号の小さい炭素や酸素等)によっては捉えにくいなどの課題もありました。

【今回の装置導入の重要性】
これに対して、今回弊社が導入したGrand ARMⅡは、従来のSTEMに比べてきわめて高い空間分解能を有しているとともに、電子線の強度を下げても炭素や酸素原子など原子番号が小さい元素の鮮明な像が得られる機能を搭載しており、様々な分野・材料について、新しい知見を得られるデータを提供できることが期待できます。
Grand ARMⅡの外観と装置本体の写真を図1に示します。装置本体は、エンクロージャーと呼ばれる筐体の中に収納されています。このエンクロージャーにより、装置の動作を乱す外的要因(例えば磁場やエアコンの風等)から守られているため、設計能力を安定的に発揮することができます。また、近年のSTEMの加速電圧は、一般的には200 kVで設定されていますが、当社のGrand ARMⅡでは、電子線ダメージをより小さく抑えるための低加速電圧(40 kV)から、空間分解能向上のための高加速電圧(300 kV)への調整が行えるので、様々な試料に対して最適な状態での形態観察と元素分析が可能です。
さらに、元素分析に関して、EDS※3検出器(組成分析の高い定量性が特長)とEELS※4検出器(電子状態の知見獲得が特長)を搭載しており、相互補完したデータの取得が可能です。特にEDS検出器は従来の1.5倍の検出効率(当社比)で元素分析を行うことが可能です。
 

図1 Grand ARMⅡの装置外観とエンクロージャー内の装置本体の写真

図1 Grand ARMⅡの装置外観とエンクロージャー内の装置本体の写真

次に、Grand ARMⅡを用いた分析事例を示します。

図2に、高い省エネ効果を有する次世代パワーデバイス用半導体材料として注目されているβ酸化ガリウム(β-Ga2O3) に対する従来法(STEMで一般的な結像手法であるADF-STEM※2法)と新しい結像法による観察像の比較を示します。図2(c)の結晶構造モデルに示す黄緑色丸がガリウム(Ga)原子で、赤色丸が酸素(O)原子です。従来法ADF-STEM法による像では、Ga原子が白い輝点として見えますが、O原子は見えません。一方で、新結像法で得られた像では、Ga原子に加えてO原子も白い輝点として明瞭に捉えることができました。
このように、当装置を用いることで、従来では難しかった酸素のような小さい原子番号の元素種の原子の並びも鮮明に可視化することができます。より精度の高い結晶構造解析や、界面の正確な構造を把握すること等が可能になり、多種多様な分野・材料に応用可能な高品質の分析サービスを提供できると考えています。
 

図2.  [010]方向から電子線を入射した際のβ-Ga2O3 の(a)ADF-STEM法による像
および(b)新結像手法による像、スケールバーは1 nm(c)β-Ga2O3 の結晶構造モデル、黄緑色丸がガリウム原子、赤色丸が酸素原子

図2.  [010]方向から電子線を入射した際のβ-Ga2O3 の(a)ADF-STEM法による像 および(b)新結像手法による像、スケールバーは1 nm(c)β-Ga2O3 の結晶構造モデル、黄緑色丸がガリウム原子、赤色丸が酸素原子

【用語説明】
※1)透過電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy、TEM)、走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission electron microscopy、STEM):
薄片化した試料に電子線を照射し、透過した電子線を結像させる装置または手法。TEMでは、平行に近い電子線を試料全面に照射し、透過した電子(投影像)を下方の電磁レンズで拡大して像を形成する。主に形状、結晶性に起因した像を観察できるのが特長である。一方、STEMは、細く絞られた電子線を試料上で走査し、各点における透過電子を検出し像を形成する。近年では、この電子線プローブを原子レベル(0.1 nmφ以下)まで電子線を細く絞ることが可能であり、原子列一つ一つを直視した観察や分析が可能である。拡大像に限らず、電子回折図形を使った結晶構造解析や分光機器と組み合わせた元素分析なども可能である。 

※2)ADF-STEM(Annular Dark Field, Scanning Transmission Electron Microscopy):
環状暗視野走査透過型顕微鏡法。細く絞られた電子線を試料上で走査し、円環状の検出器で検出することで像を得る。大きな原子番号の元素ほど高輝度のコントラストが得られる特長を有するため、原子番号が大きい重元素の観察に優位性がある。

※3)EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy[エネルギー分散型X線分光法]):
電子線が試料を透過する際に発生したX線(特性 X 線)を半導体検出器で受光し、エネルギー(keV)を横軸、X 線カウント数を縦軸とするエネルギースペクトルを得ることで、試料中の元素の種類を特定したり、含有量を調べる電子顕微鏡手法の一つ。

※4)EELS(Electron Energy Loss Spectroscopy[電子エネルギー損失分光法]):
電子が試料内部を透過する際に失ったエネルギーを計測し、物質中の元素や電子状態を分析する電子顕微鏡手法の一つ。また、EDSでは難しいボロンやリチウムのような軽元素の検出にも特長がある。

【今後の展開】
当装置は世界最高峰の空間分解能と従来を超える検出効率(当社比)に加え、上述の分析事例に示した新しい結像機能を備えた優れた電子顕微鏡です。
これまで捉えることが困難であった原子番号の小さい元素種(炭素、窒素、酸素等)の原子の配列を明瞭に可視化することが可能であり、より正確な解析が可能なデータを提供することができます。また、高い空間分解能での撮像により、乱れた構造でも原子の配列を直接観察することができます。機能性物質の有する様々な物理的特性は、その局所的な構造に起因すると考えられ、それら多様な状態の構造を特定できることが期待されます。
当社がこれまで培ってきた高度な前処理技術や分析ノウハウと組み合わせ、ナノテクノロジー・材料分野における界面等の局所観察・解析ニーズに応え、お客様の製品開発、課題解決に貢献してまいります。

【本サービスのお問い合わせ先】
  本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。

   形態科学研究部形態科学第2研究室 担当:久留島康輔
    TEL:077-510-9111
    E-mail:kosuke.kurushima.f6@trc.toray