2023年10月17日
反応追跡型NMRを用いた反応解析受託サービス開始について
~リアルタイム反応解析によりサステナブルな社会の実現に向けた材料開発支援を~
【要旨】
当社(以下、「TRC」)は、反応追跡型核磁気共鳴装置(Nuclear Magnetic Resonance:NMR) ※1を導入し、国内の受託分析会社としては初めて、広い温度範囲(-20~120℃)での反応中間体の同定や反応速度解析に関わる受託分析サービスを開始しました。
反応追跡型NMRは、NMRを用いて化学反応の過程をリアルタイムに観測する手法です。反応液を直接NMR装置の検出部に導入し、化合物の構造変化をリアルタイムでモニタリングします。従来では分析が難しかった反応初期の生成物や中間体、副生成物、不安定化合物等の構造解析や定量ができます。また、光や熱を与えて反応させることで、反応速度、活性化エネルギーなどのパラメーターや安定性に関する情報が得られます。反応速度などの情報が得られるという特徴を活かし、近年注目されている二酸化炭素吸収液やケミカルリサイクル材料などのカーボンニュートラル関連の反応解析にも有効です。
さらに、TRCで長年培われた高い前処理・分離技術と高度な解析力を組み合わせることで、より信頼度の高い分析結果をご提供することができます。このような化学反応に関わる情報をご提供することで、サステナブルな社会の実現に向けて、材料開発支援の面から貢献していきたいと考えています。
今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、今後も最先端分析技術の開発に邁進してまいります。
【背景】
より高性能かつ低コストで、環境低負荷といった有機材料を開発するには、効率的な原料選定、化学反応経路や反応条件の最適化等が必要であり、反応メカニズムの理解や反応速度、反応生成物の安定性、反応終点についての情報を取得することが非常に有効です。
NMRは水素核や炭素核などを観測し、対象核周辺の電子密度などを始めとした環境の違いを反映したスペクトルを解析することで、化学構造を決定することが可能な手法です。また、NMRスペクトルは材料を構成する成分の定量化が可能で、様々な有機物に適用できることから、有機材料の反応過程のモニタリングに適した手法ともいえます。
NMRには、固体状態の試料をそのまま測定できる固体NMRと、溶液中の化合物の情報を得られる溶液NMRがあります。固体NMRは1回の測定に長時間を要するため、反応解析は不得意です。一方で溶液NMRについては、観測する核種によっては測定自体は短時間で行うことができますが、事前準備として試料を重水素化溶媒に溶解させ、NMR試料管に入れて装置内に導入し、温度など測定に必要な調整を行ってから測定を開始します。このように測定開始までに長時間を要するため、反応初期段階での生成物や中間体、不安定化合物の分析が難しく、多くの反応では正確な進行状況を把握することが困難でした。また、光や熱などの外部刺激が反応に与える影響を調べる場合でも、調整時間がネックとなっていました。そこで、TRCでは、フローユニットを装備したNMRを導入し、反応過程の化合物の構造変化をリアルタイムに観測できるようにしました。
【今回の新規導入手法の特徴と測定事例】
反応追跡型NMRは、図1に示すように、反応液を外部で混合し、ポンプでフローユニットを通してNMR装置内に送液して反応過程のNMRスペクトルを取得します。また、外部に試料混合部があることで、反応液に光や熱などの外部刺激を与えることができます。特に、送液経路を温度制御でき、-20~120℃での温度域での分析が可能です。これにより、反応材料系の様々な分析に対応できます。
図1 反応追跡型NMRの概要
図2に、イソシアネート化合物の反応解析の例を紹介します。イソシアネートは、衣類や接着剤などのポリウレタンの原料として使用される化合物ですが、保管時の吸湿によって水と反応し、ポリウレタンが強度低下や変色などの品位低下を引き起こしてしまう場合があります。この反応について、反応追跡型NMRを用いて詳細に調べました。
原料であるMDI (Methylenediphenyl 4,4'-diisocyanate)を重水素化DMSO(Dimethylsulfoxide)に溶解させ、この溶液に室温で水を添加して反応させ、反応2分後から1分間隔で1H NMRスペクトル(左下図)を取得しました。スペクトルからは、MDIが水と反応してアミン化合物とウレア化合物を生成することがわかりました。また、各NMRピークの面積値から、MDIと水が反応してMDI原料が減少し、アミンの生成を経てウレア化合物が経時的に生成する様子を定量的に解析することができました(右下図)。また、本試験を温度制御しながら行うことで、反応速度や活性化エネルギーを推定することも可能です。これにより、MDIなどの原料の保管条件(温度や湿度の範囲等)を適正化することが可能となります。
図2 イソシアネート化合物の反応解析の例
【今後の展開】
今回、新規に導入した反応追跡型NMRによって、従来では分析困難であった反応開始付近からの反応生成物、中間体の生成量やその割合、反応速度等の各種パラメーターが取得可能となります。今後、リサイクルポリマーの分解・合成条件の最適化や触媒反応における副生成物低減や反応速度向上等、サステナブル社会の実現に向けた材料開発支援の面からTRCは貢献してまいります。
今後も「高度な技術で社会に貢献する」という当社の基本理念に基づき、よりいっそうの技術水準の向上に努めていくとともに、最新の先端分析サービスをいち早く提供し、少しでもお客様の製品開発に役立てるように、最先端分析技術の開発に取り組み、お客様の材料開発や課題解決を支援いたします。
【用語説明】
※1)核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance、NMR):
強い磁場の中に試料を置き、スピンの向きを揃えた分子にパルス状のラジオ波を照射して核磁気共鳴させた後、分子が元の安定状態に戻る際に発生する信号を検知して、分子構造などを解析する装置です。複雑な有機化合物の化学構造の決定(H, C, O, N などの結合状態、隣接原子との関係など)だけでなく、分子間や分子内相互作用、分子の運動性、組成の決定など有用な情報が得られるため、生命科学、化学、医薬品・食品開発、材料科学といった幅広い分野で利用されています。
【本サービスのお問い合わせ先】
本プレスリリースの内容に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。
有機分析化学研究部 担当:廣田 信広
TEL:077-510-9113
E-mail:nobuhiro.hirota.e3[a]trc.toray
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